“なかったこと”にされた痛みへの挑戦

 やがて地上波のゴールデンタイムの番組にもゲストとして登場するようになる。しかし、まだあの赤いメガネ姿の“エッチな”女医はいない。

 '14年にはクリニックを現在の場所に移転。医療格差をなくしたい。“なかったこと”にされている痛みにアプローチしたい─。その思いを実現させるため、次なるステップに挑戦したのだ。

 '19年、当時まだ珍しかったオンライン診療を導入した。だが対面の場合よりも診療報酬も低く、ランニングコストもかかる。それでもなお意義を感じ、診療を続けた。新型コロナウイルスが猛威をふるうおよそ1年前のことだ。

 また加齢による女性ホルモンの減少などが原因で引き起こされる性交痛の相談に応じる「性交痛外来」も開設。さらに併設されたジムでは、高齢者のため、専用のゴーグルをつけて仮想空間内で運動するVRフィットネスも導入。これら先進的な取り組みを続け、「痛み」への多角的なアプローチを続けた。

動画内で使用した男性器の断面図のスケッチ。フリップは手書き。イラストは下書きなしだという。医学書のような高いクオリティー 写真/北村史成
動画内で使用した男性器の断面図のスケッチ。フリップは手書き。イラストは下書きなしだという。医学書のような高いクオリティー 写真/北村史成
【写真】動画内で使用した「まるで医学書」のような高いクオリティーのスケッチ

 しかしそんな精力的な取り組みもコロナ禍の影響は、もはや避けられないものだった。

「がんの手術や血圧の薬なら這ってでも病院に行きますが、ペインクリニックは、真っ先に受診控えの対象になります。さらにスポーツジムなんて、クラスターの温床とまで言われて……」

 併設する3階のジムは自主閉鎖に追い込まれた。しかしそこで転んでも、ただでは起きないのが富永さんである。

「時間ができたので、YouTubeでの配信を始めたんです。ビデオの予約録画すら満足にできないほどの機械オンチなのに(苦笑)」

 撮影は診察室の片隅。プロ並みの撮影機材もなければ、動画編集の技術もない。そんな中で前出のスタッフ、大森さんを突如アシスタントに任命し、動画チャンネルを始動。大森さんは回想する。

「今でこそ1日で1万回以上も再生される動画がありますが、最初は50回再生されたら大喜びしていましたね」

松山市にある大街道商店街は、よく訪れる場所だという。近くには松山城などのスポットもある 写真/北村史成
松山市にある大街道商店街は、よく訪れる場所だという。近くには松山城などのスポットもある 写真/北村史成

 配信内容も手探りだった。頭痛や肩こりの解消法、ヘバーデン結節への対処法からPCR検査について……医師として、ありとあらゆる医学的知見を繰り出していった。

 しかしこのコンテンツ過多の時代、志だけではバズらない。ときに戦略も不可欠だ。どんな内容が多くの人に届くのか─模索する中でとりわけ反響が大きかったのが、『濡れる身体の作り方』『更年期からの性交痛ケア』といった性やセックスにまつわるテーマの動画だった。

「セックスの話の回だけバズるんです。ならばここで勝負しようと、振り切ったんです」

 目標が決まれば、あとはやり抜くだけ。ただひたすら削ぎ落とし、一点突破の全集中。これぞ富永流の神髄だ。

「性交痛に悩んでいても1人で悩みを抱えて、夫から求められれば、“お勤め”として痛みを我慢してセックスをしている女性もいる。それになかなか自分では、他人に悩みを打ち明けられません。そんな人たちに情報を届けるためには、まずは男性に届けるのが最短ルート。男の裏には女がいるんです」