マイケル・ジャクソンにも施された特殊技術

 認知度が高まっているとはいえ、日本ではまだなじみのないエンバーミング。だが、土葬が主流である海外の国々では遺体の保存技術として定着し、ごく当たり前に利用されてきた。

「アメリカやカナダでは亡くなった後、エンバーミングをするのが一般的です。一方、火葬が主流の日本では、エンバーミングの実施率は約1・7%、東京や大阪などの主要都市に限ると5~6%といわれています。ただ最近は、エンバーミングをすることで十分な保全期間をつくり、ゆっくりお別れをしたいというご遺族が少しずつ増えてきたように思います」

 海外の場合、著名人がエンバーミングされたケースも多く、マイケル・ジャクソン、マリリン・モンローなどがよく知られている。そして何といってもアメリカの歴代大統領。リンカーンは死後、エンバーミングが施された後、アメリカ全州を鉄道で回り“お別れ”をしたという有名な逸話が残されている。エンバーミングなしには不可能なことだった。

「北朝鮮の金日成総書記、ベトナムの初代国家主席ホー・チ・ミンは、現在でも遺体が保全されているんですよ」と真保さんは言う。

 エンバーミングの始まりは古代におけるミイラにまで遡る。その技術が急速に発展する契機となったのは、1860年代アメリカの南北戦争であるといわれている。当時の交通手段では兵士の遺体を故郷にかえすのに長期間を要し、遺体保全の技術が必要とされたのだ。さらに1970年代のベトナム戦争により、母国へ送る兵士の遺体のため、より一層の技術発展が進んだ。

 真保さんによれば、エンバーミングには次のようなメリットがあるという。

・衛生面の良化
遺体の状態の維持
・消臭効果
・顔色がよくなる
・防腐処置や殺菌消毒を行うため、腐敗を防ぐドライアイスが不要(ドライアイス補充の心配がなくなる)

「なにより、衛生的に長期間の保全が可能なため、ご遺族はしっかりと故人の死に向き合い、気持ちの整理をつけることができます。悲しみを癒し、新たな人生に踏み出す足がかりになるのです」

 エンバーミングは専用の施設で施術をするよう決められている。具体的には、どのような流れで行っているのだろうか。

「依頼がありましたら、まずできる限りご遺族に会いに伺います。病院へ伺うこともあります。エンバーミングの処置内容や工程、必要事項などを説明し、ご遺体の状態をチェックさせていただきます。そのうえで依頼書に署名捺印をしていただき、細かい内容を詰めていきます。

 例えば、お顔をふくよかにする、傷痕を隠す。髭は剃るのかどうか、義歯があるならお入れするのかどうか等々、ひとつひとつ、ご要望を丁寧に確認していきます。こうしたプロセスを経て、ご遺体を搬入することになります」

 実際の施術は、葬祭場の専用施設を借りて行うこともあるが、「弊社の場合、処置室の設備がある移動車両を持っていますので、その中で行うことも多いですね」

 東京都台東区にある家族葬ホテル『葬想空間 スペースアデュー』には、エンバーミングルームがある。関係者でなければ立ち入ることのできない場所に、今回、特別に案内してもらった。

 室内に入ると、かなりゆったりした空間に施術用の可動式の金属製ベッドが2台、置かれている。その傍らには、血液と保全液を入れ替えるアメリカ製の機器が。安定した気流をつくる送風機、排水プラントも設えられている。

「送風機は保全液に含まれる低濃度ホルマリンからの被ばくを防ぐ装置なんです。プラントは保全液とご遺体から排出した血液や体液などの混合液を貯留し、化学的な分離工程で安全な排水をします。また、処置中に出た廃棄物は病院と同じように医療廃棄物として処分されるんですね」と真保さん。

 ほかにもエンバーミングに使用する薬剤や器具がずらりと並ぶ。また、納棺師の仕事に使う化粧品やメイク道具も用意されていた。

 エンバーミングではアルデヒド系の防腐薬、保湿剤、凝固した血液を緩和させる薬など、遺体の状態に応じてさまざまな薬剤を使用する。そのほとんどがアメリカ製だ。一方、シャンプーやリンスなどは日本製。これには理由がある、と真保さんは言う。

「日本人は、匂いに敏感ですからアメリカ製の遺体専用品だとキツすぎ、余計なストレスを感じるんですね。だから嗅ぎ慣れた、柔らかな香りの日本製のものが好まれます」

 スペースアデューと真保さんは業務提携し、依頼があれば出向してエンバーミングを行っている。

 スペースアデューの運営会社である『マルキメモリアル21』代表取締役の白井勇二さん(60)はこう語る。

「弊社の親会社は仏壇仏具の製造販売メーカーですが、20年ほど前から葬儀も手がけ始め、エンバーミングも導入するようになりました。弊社の会員様の8割はエンバーミングを選択されています」

 8割とは、驚くほどの受注率である。

「エンバーミングを施すと死後硬直がやわらぐので、ご愛用されていた洋服などへの着替えもスムーズにできます。遺族のみなさんは“こんなにきれいになるんだ”と驚かれていますね。気持ちの整理がついて、“ゆっくり安心して見送れた”と言っていただけると、私たちはうれしいです」(白井さん)

 エンバーミングの施術の流れやポイントは、依頼主である葬儀場によって異なる場合が多い。真保さんが運営するディーサポートの場合、エンバーミングの流れは次のとおり。

【ディーサポートで行うエンバーミングの流れ】
(1)脱衣を行いながら、もう一度身体の状態を確認する。
(2)身体の洗浄、消毒を行う。
(3)顔の表情を整え、洗顔(必要であれば髭を剃る)、保湿剤を塗布する。
(4)小切開を行い、薬剤のエンバーミング保全液を注入する。
(5)エンバーミング保全液を体内で循環させ、血液を体外へ排出させる。
(6)小切開を行い、胸水・腹水の吸引と各臓器への薬剤補填を行う。
(7)切開部を縫合する。
(8)全身を洗浄する。
(9)着付け、整髪、化粧を施す。

「ポイントとなるのは4~6の工程です」と、真保さんは強調する。

「鎖骨のちょっと上あたりを2センチ弱くらい切開して、頸動脈を確保し、そこからエンバーミング保全液を注入します。イメージ的には人工透析のような感じですね。そうして血管内に薬を循環させ、体内にある血液を頸静脈から排出させていきます」

 エンバーミングをすることで顔色が明るくなり、表情がよくなるのは、保全液が血液と同じ色合いをしているからだ。このとき、胸水や腹水があると遺体が劣化するので、お腹を2ミリ弱ほど切開し、腹膜や胸膜、肺に専用の器具を当て吸引する。その後、別の器具を使って、各臓器に防腐のための薬剤を補填する。

 一連の施術から切開部縫合までにかかる時間は、平均3時間。ただ、実際にエンバーミング保全液が細かいところまでしっかりと入っているかどうか、この時点ではわからない。そうした理由からディーサポートでは、念のため5~6時間ほど待って細部をチェックし、保全液を追加注入することもあるという。