その2年後には、あの「事件」が起こる。司会を務めていた深夜番組『オールナイトフジ』(フジテレビ系)で自著『伊代の女子大生 モテ講座』を宣伝。ところが、

「まだ読んでないんですけど」

 と口走り、ゴーストライターによる代作だとバレてしまった。なお、当時の彼女は短大の1年生。とはいえ「才女」というよりは「今どきの女子大生」っぽさを振りまいていたものだ。

ヒロミが「伊代=ママ」というイメージをつくった

 そんなわけで、アイドル時代には「ママタレ」となる未来を予感させていなかった伊代。とりあえず「バラドル」にでもなっていくのかと思っていたら、転機が訪れた。ヒロミとの結婚、である。

 なれ初めはまず、伊代がヒロミにひと目惚れ。やんちゃなキャラも顔も好みだったそうで、その後、番組での共演を機に自分からアプローチした。その関係を一気に深めたのは、'91年にヒロミが負った大ケガだ。

 深夜番組『1or8』(フジテレビ系)で人間ロケット花火に挑戦し、大やけどをした際、彼女は病室を見舞ったり、自宅療養中に包帯を替えたりした。人気アイドルにそこまで献身的にされれば、グッとくるのも当然だろう。その後、ヒロミは公私の別なく彼女を「ママ」と呼ぶようになるが、それはこのときの振る舞いに「母性」を感じたからかもしれない。

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 そして、彼がそう呼んだのは重要なポイントだ。というのも、ヒロミはそれまで、年上の実力者であるビートたけしを「たけちゃん」タモリを「タモさん」和田アキ子を「アコちゃん」と呼ぶなどしてきた。そうすることで、自分自身のランクアップと大物のカジュアル化に成功してきたわけだ。

 後輩に対しても、またしかり。『8時だJ』(テレビ朝日系)でジャニーズJr.たちと共演した際、まだ嵐になる前の相葉雅紀に“スーパーアイドル相葉ちゃん”というキャッチコピーをつけた。相葉の突出したアイドル性を見抜き、それを的確に表現したのである。そんなセンスを持つ男が、妻の呼び方に「ママ」を選び、公の場でもそれを盛んに使ったのだ。ヒロミこそが「伊代=ママ」というパブリックイメージをつくったともいえる。

 また、人間、呼ばれているうちにそれっぽくなっていくということもあり、伊代もだんだん「ママ」らしくなっていった。ふたり生まれた子どものうち、長男は小園凌央としてタレントデビューしたし、次男も高校野球でそこそこ活躍。これにより「母親」としての一面も話題になった。

 2005年には、同期の堀ちえみや早見優とともに『キューティー★マミー』というママタレユニットを結成して、CDをリリース。「ママ」を芸能活動にもしてしまったわけだ。

 が、そういうこと以上に大きかったのは、ヒロミが彼女の「ママ」ぶりを面白おかしくイジったことだろう。なにせ、デビュー当時に「お嫁さん」には向かないとまでいわれた天然キャラだ。結婚生活はエピソードの宝庫となった。