壮絶な生い立ちと園長として見守る母

9歳の奥田さん。高いところから飛び降りるなど、何をしでかすかわからない子どもだった
9歳の奥田さん。高いところから飛び降りるなど、何をしでかすかわからない子どもだった
【写真】“ブラックジャック”の異名が似合う!世界に1つしかない「メガネ」をかけた奥田さん

「直せない問題行動はない」

 そう言い切るほど、奥田さんは自分の手法に自信を持っている。ストレートすぎる物言いで、時に同業者から反感を買うことも。学者らしからぬラフな服装も相まって、“異端児”と呼ばれる奥田さん。生い立ちもまた、壮絶だ。

 出身は兵庫県西宮市。作曲家の父、ピアニストの母のもと、3人兄弟の次男として生まれた。ところがまもなく両親は離婚─。奥田さんが5歳のとき母が再婚すると、継父から暴力を受ける日々が始まる……。

 母の結婚式の日。教会のスタッフに頼まれて花吹雪をまくと「ゴミになるやろ!」とバーンと叩かれたのが最初だった。家で食卓に肘をついて食べているだけで殴られる。2歳下の弟は同じことをしても叩かれないのに。

「何で僕だけ?」

 継父が怖くて家に帰りたくない。何度も家出して、お腹がすくとお菓子などを万引きした。バレて捕まり、家に帰されると、さらにボコボコに殴られる……。

奥田さんの母で園長の奥田章子さん。長年、家で子どもたちにピアノを教える仕事をしてきた
奥田さんの母で園長の奥田章子さん。長年、家で子どもたちにピアノを教える仕事をしてきた

 奥田さんの母で、今はサムエル幼稚園の園長を務める奥田章子さん(77)に当時の様子を聞くと、おだやかな口調でこう答えた。

健次は小さいころから口が達者でね。何か言われても、あーだこーだ口答えして、それが図星だったりするから、夫は腹が立ったんでしょうね。腹が立つから殴っていいわけではないけど、夫婦が一致していないと子どもはうまく育てられないと思い込んでいたので、私も長い間止められなかったですね……。

 だいぶ大きくなってから、健次があまりにかわいそうで夫を止めたら、私もガーンとやられてケガをして。健次は自分が逆らうと、お母さんが殴られると思ったんでしょう。それから口答えしなくなりホッとしました」

 学校でも生意気だと思われ、よくトラブルになった。小学2年生のとき国語の授業で女性教師の説明不足を指摘したら、「出ていけ!」と教室から追い出された。家に帰ると殴られると思い、学校の倉庫にじっと隠れていたら、「どこにもいない」と大騒ぎになったそうだ。

 高学年になると同級生にいじめられるように。中学に入ると同級生10人にプロレスの技をかけられて殴られるなど、いじめはさらにエスカレート─。

 中学2年で不登校になり、ファミコンゲームにのめり込んだ。大会に出て好成績を取るとゲーム会社の人に声をかけられた。

「“会社に来て教えてよ”と。親の目を欺くために朝は学校に行って、2時間目くらいで早退する。学ランじゃ捕まるかもしれないから、駅のトイレで背広着て、ネクタイ締めて。顔は中学生なんだけどね(笑)。で、神戸の会社に行って、ゲームしてレポートを書くだけで月8万円もらえた。当時はバブルだったから神戸牛で接待してくれるし、大人たちとの交流のほうが楽しかったですよ。自分のアイデアがゲームに反映される楽しさは、なかなか他では味わえない」

父親のように慕った人

読書が好きで推理小説、科学物などをよく読んだ。中学に入って完全不登校になった時期も。4人兄妹で右端が奥田さん
読書が好きで推理小説、科学物などをよく読んだ。中学に入って完全不登校になった時期も。4人兄妹で右端が奥田さん

 学校に行かず家でぶらぶらしていると、母に聖書を学ぶことをすすめられた。そこで出会ったのがドイツ人宣教師のベックさんだ。

学校なんか行かなくていいよ」

 そう言って親身に話を聞いてくれるベックさんを、奥田さんは父親のように慕った。

「僕はちゃんとした父親の愛情を受けたことがないから、この人のために一生をささげたいと思ったくらい。高校に進学して2年生のとき“一緒に宣教活動をしたい”と言ったら、“まず立派な社会人になりなさい”と。思っていた答えとは違ったけど、僕のためにアドバイスしてくれてるのがわかったから、ああ、学校の勉強も頑張らないかんなと。父親みたいなベックさんとの出会いがなかったら、自立した社会人にはなってなかったと思いますね」

 高校3年で幼児教育の道に進むことを決めた。きっかけは母の章子さんのひと言だ。

「幼稚園の先生とかどう?」

「そんなん、いやや」

 本人は最初、あまり乗り気でなかったというが、向いていると思ってすすめたという。章子さんは再婚後、女児を出産。8歳下の異父妹の聖子さんを、奥田さんがとてもかわいがっていたからだ。

「まだ赤ちゃんの聖子が泣くと、健次がパッと抱いて違う部屋に連れていく。もう1分もしないうちにニコニコして戻ってくるんですよ。自分のお小遣いを貯めて、ちっちゃい絵本を買ってきて読んであげたりもしていたし。健次は興味のないことは100回書いても覚えないし勉強もやる気がなかったから、自分に向いたものを見つけるまで、本当に心配しましたね」