振り向いたら道ができていた

 大学卒業後の就職先には外資系金融機関を選んだ。土日は休めるため、サッカーの練習も確実に参加できる。入社後は金融の仕事が自分に向いていることにも気がついた。

「仕事が面白くなって向上心が出てきて、社内でニューヨークでの1年研修があることを知り、手を上げました」

 その研修には毎年男性社員が1名選ばれていたが、その年の内定者は英語があまりできなかった。岡島さんは、学生時代にアメリカへの1年間の交換留学の経験があり、英語に自信があった。上司は岡島さんを選んだ。それ以降、毎年その研修を受けるのは女性社員となったという。

「女性社員のほうが語学力が高い人が多かったんですよね。私はいつも結果的に女性初とか最年少とか、初めてのことに手を出すので、道を切り開いているといわれますが、振り向いたらいつのまにか道ができている(笑)。ニューヨークでの研修は大変だったけど、必死で夜中まで勉強したぶん、実力もついたと思います」

アメリカでラクロス部に所属していたときの岡島さん(写真前列右)
アメリカでラクロス部に所属していたときの岡島さん(写真前列右)
【写真】WEリーグ開催時「日本のジェンダー平等を進める覚悟のリーグ」とスピーチをする岡島さん

 岡島さんはその後、幾度か転職もしながら、38年間を金融機関で過ごした。

「当時、金融機関で女性の営業職は本当に少なかった。でもそれは逆に私にとってメリットでした。少ないからこそお客様が会って話を聞いて、覚えてくださる。営業は結果の数字がすべて。性別は関係ないと何度も感じました。さらに、女性のお客様にニーズも高かった。離婚後、元の夫の担当の男性にお金のことを相談したくないでしょう?」

岡島さんファミリー。左から息子のケントさん、娘のクリスティさん、岡島さん、ご主人
岡島さんファミリー。左から息子のケントさん、娘のクリスティさん、岡島さん、ご主人

 結婚後は夫の出身地であるアメリカのボルチモアに移住。

 仕事もしながら、40歳までいくつものチームに所属してサッカーを続けた。出産後には地元の子どもチームのコーチも始めた。

 岡島さんの息子、ケントさん(25)は、岡島さんからよく言われた言葉としてこんなことを挙げてくれた。

「他の人と比べて僕はできないって言う前に、努力をしなきゃ何もできるわけないじゃない?ってよく言われました。

 その言葉は僕にとって、スポーツ、学業、仕事をするうえで、すごく役に立ちました」