「どーも、にゅーいんです」

 こんな挨拶から始まるYouTubeの動画。自ら“にゅーいん”と名乗るのは、竹内蔵之介さん。人生の半分近くを病院で過ごし、最期まで病と闘った蔵之介さんが伝えたかったメッセージとは─

 蔵之介さんは'98年に高知県に生まれ、5歳のときに白血病を発症。3度の移植と十数か所の再発を経験し、YouTubeでその病状や心境を語っていた。深刻な病気のはずなのに、動画を見るとその表情は拍子抜けするほどゆるくて明るい。

7歳のにゅーいんさん、骨髄移植後。電車が大好き

「入院中、されていやだった検査ベスト3~! これはねぇ、本当につらいよぉ」

 童顔な顔立ちに笑顔をたたえ、笑い声が絶えない。「病気のときこそ、明るく」。これが蔵之介さんの信念なのだ。

病気が落ち着いて大学に行った途端

 蔵之介さんが動画投稿を始めたのは、20歳を過ぎたころ。

 長い入院期間を経て、高校生くらいになると、病状も落ち着いてきた。これまで入院生活で常に家族や医療関係者に囲まれてきた蔵之介さん。1人暮らしを希望し、岡山県の大学に入学。キャンパスライフやバイトを楽しみ始めた。しかし、大学入学後わずか半年で、また再発してしまう。

 1人暮らしの部屋を引き払い、家族が運転する車で高知に逆戻り。

「このタイミングか、残酷だなと思いましたね。もう少し大学生らしい生活を続けさせてあげたかった」

 と父の一さんは振り返る。明るい蔵之介さんも、さすがにこの逆境には、「喪失感がすごかったし、ヘコみましたねぇ」と肩を落としていたが……。

大学でいろんな人と関わって世界が広がったのに、急に社会から取り残されたような気持ちになって、今度はそれがつらくて、孤独で。このまま自分の病気と向き合うだけではなくて、社会とつながりたいって、切実に思いました」(蔵之介さん、以下同)

 そして、つながるのなら、少しでもいい形でつながりたいという考えに至る。

「僕の白血病の体験を話して、今病気と闘っているお子さんやその親御さん、そして成人した患者さんたちのためにも役立てたら、と思いました。

 こういう身体になっても、ふつうの人が歩む社会っていうレールに片足くらい突っ込んでいたいかな。せっかく生まれてきたわけですからね」