入院中の入船亭扇海さん
入院中の入船亭扇海さん
【写真】痛々しい入院中のようす

 扇海さんにとって幸いなことに、後に主治医は肝胆膵外科のトップクラスの高度技能専門医であったことを知った。

幸いにも手術が可能だった

「私のすい臓がんはスティーブ・ジョブズと同じで、手術をしなければ余命半年と言われました。ジョブズさんは手術をしなかったようですが、幸いにも私のすい臓がんは手術が可能で、しかもとびきり腕のいい先生に執刀してもらうことができました。

 術後は、帯状疱疹やら、すい炎やら、合併症がつらかったのですが、副作用はさほど大きく出ず、食事もとれていたので3週間ほどで退院することができました」

 ラッキーなことが重なる一方、心残りも。

「私の両親は90歳近くまで長生きしましたし、私自身もそのつもりでしたしね。57歳のときに生命保険が契約切れになったので、更新しませんでした。その直後にがんが見つかり、いつも明るい奥さんがそのときばかりは悔し涙を流しました。私の病気の告知のときは泣かなかった気がするんですけどね(笑)」

 退院後、扇海さんは都内から千葉県勝浦市へ移住した。

「勝浦には父親の実家があり、子どものころは夏休みのほとんどを勝浦で過ごしていました。すい臓がんを患ってから、子どものころをすごく思い出すんですね。だから、思い出がある環境のいい土地で、野菜でも作りながら、四季を感じてあの世に行こうかな〜、なんて(笑)。

 それで移住したんです。ナスとかじゃがいもとかカリフラワーとか、季節の野菜をいろいろ作って食べていましたよ。採れたての野菜は味が濃くておいしくて感激しましたね」

 しかし、野菜作りは4年ほどで断念してしまった。

「畑仕事中に、なんだか具合が悪くなってね。それから定期検診で肝臓への転移が見つかって、手術前の検査で心不全を患っていることがわかったんですよ。冠動脈にステントを入れる手術をしてから、肝臓の4分の1を切除する手術を受けました。その後は心臓に負担をかけないよう、野菜作りは諦めました

全国各地で行われる落語会や演芸会では、落語家として自ら高座に上がることも
全国各地で行われる落語会や演芸会では、落語家として自ら高座に上がることも

 野菜作りに代わるかのように、扇海さんは落語会を主催しはじめた。

「勝浦のお年寄りから、『落語を聞きに行きたいけれど、東京まではちょっと……』という話を聞いたことがあったんです。ちょうど勝浦に大きなホールができたこともあって、私が主催者となって東京から林家木久扇師匠、木久蔵親子をお招きして1回目の落語会を開きました。

 客席はほぼ満員で花火のような笑いが沸き起こりましてね。みなさんに喜んでいただけて私もうれしくなっちゃって。その後も年に4~5回のペースで開催して。コロナ禍でもやってましたよ。コロナに負けるなってね!(笑)今年で39回目を迎えます

 精力的に落語会の開催を続ける一方で、2度にわたる肝臓への転移が見つかっている。

「再転移が見つかったときは手術で肝臓の一部を切除しました。もう、私のお腹は傷だらけです(笑)。去年の夏には再々転移が見つかったのですが、最初のすい臓がんから診ていただいている先生に『これ以上手術はできない』と言われちゃいましてね」