30年前、ダークヒーローは許されなかった

 演じた海江田四郎は潜水艦を奪って逃亡するだけでなく、ミサイルまで撃つ。それは海江田の揺るぎない信念に基づく行動だ。

「昔は勧善懲悪というか。主人公は正義の味方で、悪者を倒す。見た目も端麗で、悪者は邪悪。昭和のころからずっとそういう構図が続きましたけど、今は“そんなスーパーマンなんかいねーよ”って見る人がわかっている。そして、そうじゃない正義があることも」

 海江田はダークヒーローに近い。ただ、30年前にダークヒーローは許されなかった気がすると語る。

「でも今の時代は、人の見方や価値観がすごく変わってきたから、伝わると思ったんです。従来は主人公が壁にぶつかって成長して終わるけど、『沈黙の艦隊』は海江田のテロによって、周りが考えざるを得なかったり、成長せざるを得なかったりする。

 わかりやすいアプローチではないので戸惑うこともあるかもしれませんが、新しい時代の作品のひとつだと思って見てもらえたらうれしく思います」

デビュー2年目で選んだ茨の道

 大学時代からモデルとして活躍し、'94年にドラマデビュー。今年はデビュー30年目に当たる。長い俳優生活での転機を聞くと、

「きれいごとになるかもしれないけど、いいことも悪いこともあったから、全部がターニングポイントになっていて。俳優の仕事って、結構際どいんですね。

 ひとつの作品をやったことによってイメージが変わるから、次の方向性も変わっていく。全然先が見えない中でやっているので、飛び石感覚がすごくありますね。

 次に飛べる石が全然違う方向に複数あることもあれば、飛んだ石によって次に飛べる石の範囲が決まってしまうこともある。そしてその石は沈む石かもしれないし、飛び間違えているかもしれないし

大沢たかお 撮影/矢島泰輔
大沢たかお 撮影/矢島泰輔

 ただ、振り返ってひとつ挙げるのであれば20代。

「デビュー2年目くらいでドキュメンタリードラマ『深夜特急』('96年~'98年)に出会って。長いプロジェクトなので、流行りのドラマには出られなくなることが条件でした。そこで茨の道を選んだことが、自分のこういう俳優人生の始まりだったのかなとも思いますね」

 同時期、民放のドラマにバンバン出演する機会はあったが、それは選ばなかった。

「『深夜特急』をやったことで、蜷川幸雄さんにまた出会えて、舞台『ロミオとジュリエット』をやらせてもらえた。このあたりはやっぱり、ターニングポイントになっていると思います」