夫の介護で悩んだ60代、仕事が息抜きに

 実は68歳のとき、働く上で大きな岐路に立たされた。当時72歳の夫が認知症を発症したのだ。

「夫は最初、自分が話したことを忘れる程度の症状でしたが、そのうちに台所のガスコンロの消し忘れを頻繁に起こすようになりました」

 帰宅して目にしたのは、真っ黒な鍋。みそ汁が焦げたにおいが漂っていた。火事を恐れ、対策として火が止まるガスコンロに替えたり、極力、火を使わないようにした。

 しかし、夫の症状が悪化していくと、熊谷さんは追い詰められ、心身を消耗した。とはいえ、同居する娘も仕事が忙しく、なかなか介護に参加するのが難しかった。

「今まで怒ることも、意見を押しつけることもなかった夫が、物を蹴ったり投げつけたりするように。予想外の行為に戸惑いました」

 介護と仕事の両立は難しいと考え、夫の主治医にも相談したという。

「先生は『介護だけをしていたら心身共に疲れ切ってしまう。周りの人の力を借りて、仕事を続けられる環境づくりをしてみては』と、おっしゃったんです。自分の不安な気持ちを受け止めてもらえて、救われました」

 近所や職場の人に、夫の認知症について包み隠さずに話したところ、励まされ、心も身体も楽になった。

「当時の店長にも相談をすると『気にせず、今までどおりで大丈夫ですよ』と受け入れてくれてうれしかったですね」

 その後、出勤日を減らし、勤務時間を2時間短縮してもらい15時までの勤務に。夫が亡くなるまでの7年間、在宅介護を続けることができた。

「家の中で認知症の夫のお世話を一日中していたら、おそらく私は途中でギブアップしていたと思います。周りの人の助けがあったから、働きながら夫の介護という困難を乗り越えられましたね」