オスカープロモーションから声がかかる

世の中に出るきっかけとなった誌面
世の中に出るきっかけとなった誌面
【写真】デビュー間もない北原佐和子が美人すぎる

 ほどなくモデル事務所としてすでに名を馳せていたオスカープロモーションからも声がかかる。最初のスカウトで自信を失っていた北原は、“私、ブスですけど、いいですか”と、連絡してきたマネージャーに聞いた。“なら、結構です”という展開にはならず、“とりあえず来てください”と言われた。

 オスカーでの北原の立ち位置はモデル。最初の3か月、メイクとポーズとウォーキングのレッスンを受けた。事務所の指示でオーディションをいくつも受けるなか、友達とたまたま遊びに行った男子校の学園祭で、偶然にも注目を浴びることになった。『週刊ヤングジャンプ』編集部主催の『学園祭ギャルコンテスト』をやっていたのだ。誘われるままに出場し、ミス・ヤングジャンプに選ばれた。

 カメラマンに気に入られた北原のもとに、オーディションとモデルの仕事が次々に舞い込んだ。銀行のイメージガールもそのひとつで、ハワイでポスターを撮ることになった。初めての海外。飛行機に乗るのも初体験だ。わくわくしていたら、成田空港でその気持ちが打ち砕かれる。

実際のデビュー日は北原の誕生日3月19日に変更し、幻のポスターとなった
実際のデビュー日は北原の誕生日3月19日に変更し、幻のポスターとなった

「“学校が厳しいので水着はやれない”とお願いしていたにもかかわらず、マネージャーから“ビキニだから”と言われたのです。初めて大人に騙されたと思いましたが、そのときの私は断る術を知りませんでした。裏切られた気持ちは後々まで尾を引きました」

 男性誌にレオタード姿の写真が掲載され、銀行には等身大の水着ポスターが張られた。それが通っていた私立女子校の先生や生徒の目にとまるようになる。ついには学校側から“学校か、仕事か”という選択を迫られた。他の生徒に悪影響が出るとにらまれたのである。しかたなく高校3年生からは公立の定時制高校に転校、野球部のマネージャーも経験した。

 このころの北原を知るのが、丸の内警察署で署長を務めるAさんだ。意外な組み合わせだが、他校野球部に属していたAさんが、練習の帰りに電車で見かけた北原を“ナンパ”したのがそもそものきっかけだった。

「当時、“可愛い女の子に自分の手帳に連絡先をもらうゲーム”が流行っていて。先輩にそそのかされて度胸試しに声をかけたんです。喫茶店でお茶をして、不思議と気が合い、電話で話をするようになりました。一度、豊島園でデートしたことも。ほどなく歌手としてデビューし、私も警察学校に入ったので連絡ができなくなりましたが、仲間には写真を見せびらかしましたね。彼女が警察官の採用ポスターになったときは、活躍しているなと思いました。私が月島署の署長をしているときに一日署長をお願いして、再会を果たしました」(Aさん)