「息子の邪魔をしない」

 大谷が花巻東高校や日本ハムに所属していたときは両親も取材を受けることがあったが、エンゼルス移籍後は登場する機会が激減した。

息子の邪魔をしないという意味もあるそうですが、大谷選手の両親はもともと、あまりメディアには出たがらない人でした。これまでのインタビューなども、何度も説得して受けてくれたようです。最近では、お父さんの徹さんは、中学生の硬式野球チーム『金ケ崎リトルシニア』の監督をしているので、その関連で取材を受けることはあっても、息子である大谷選手の近況については語っていません」

 2021年に『週刊女性』記者が徹さんに取材した際は、

「翔平は、どこまで自分の力が通用するのか、早くアメリカに行きたいと言って、行った。いま思えば正解だった。野球選手として、1年でも長く活躍したいだろうし、定年は決まっていませんから」

「帰国すると、私の妻が料理を作って、それを冷凍して東京まで持って行っていますよ。妻は翔平の身体が心配なんです」

 と、丁寧に対応してくれた。

 地元で応援するファンと“大谷家”とはどのように接しているのか。出身地の岩手県奥州市には、同市や各種団体などで構成される『大谷翔平選手ふるさと応援団』がある。

 大谷の家族はグッズの提供や後援会への参加を拒んでいるなど、応援団に非協力的という報道もあったが、奥州市の担当者に話を聞くと……。

大谷選手側には、市をはじめとした組織で『ふるさと応援団』を作りますと説明して、許可をいただいております。公認の後援会ではなく、有志の勝手連としたのは、過去のプロ野球選手の後援会の事例などを参考にし、うまくいっていないケースも多かったことから、このような形になりました。

 大谷選手ご本人に迷惑をかけないように応援していこうと活動しています。ご両親にグッズの提供をお願いしておりませんし、こちらのさまざまな活動に対してご理解いただいて、快諾いただいております

 以前から大谷を知る地元の人にとって、現在の大谷家はどういう存在なのか。『ふるさと応援団』の顧問を務めている立花公夫さんに話を聞いた。

大谷家とは家が近くなので、彼の小さいころから知っています。ですが、その当時は大勢の子どもたち中の1人で、こうした活躍をする人になるとは思いませんでした

 大谷がメジャーに移籍した1年目の2018年には、アメリカまで応援に行ったという立花さん。

コロナ禍もあったので、2018年以降はアメリカに行っていません。ただ、翔平くんのお父さんやお母さんとは、たまに話しますね。お母さんはお孫さん、翔平くんからするとお姉さんの子どもとよく一緒にいます。“翔平くん、すごいね”という話をして、サトイモとか野菜とかを分けてあげるといった、ご近所の付き合いですよ」(立花さん)

 マスコミから地元まで適用される“暗黙の掟”で、大谷の家族は守られている。

梅田香子(うめだ・ようこ)スポーツライターとして、野球以外にもフィギュアスケートやバスケットボールなど多くのスポーツに精通。現在はアメリカに在住し、大リーグを中心に取材活動を行う