「子育てこそが夢だった」

「子育てに多くの時間を割くのは親として当たり前。サポートやイクメンという言葉は好きじゃない」と話すタカさん
「子育てに多くの時間を割くのは親として当たり前。サポートやイクメンという言葉は好きじゃない」と話すタカさん
【写真】ブラジル代表FW・ネイマール選手との2ショット

 世界を舞台に活躍するアスリートたちを相手にしているタカさんだが、「正直、自分の中での仕事の優先順位は一貫して高くないんです」と語る。むしろ「子育てこそが夢だった」と言う。

「学生のころから、仕事上のキャリアより結婚生活や子育てのほうに興味や憧れがありました。長男が生まれてからは育児の合間にできる仕事だけをやるようにしていて、実はフットリンガルもそれで始めたことのひとつです。オンラインで完結していますし、息子が寝た後の時間は欧州との時差も合うので。ただ、2022年に執筆業を始めてからは息子との時間を取れない日が増えてしまいました。最近で一番の課題です」

 一方の直美さんは、昨年9月に生まれたばかりの次男の世話にかかりっきりのため、小学校に通う長男についてはタカさんがほとんどの面倒を見ているという。

「私は授乳の寝不足で朝、起きられない日も多いので、長男の身支度や朝食の準備は今のところ、夫に任せっきりです。宿題や習い事もですね。あとは学校のママ友との連絡も、コミュニケーションが得意な夫の担当です。

 子どもへの接し方や可愛がり方を見ていると、夫は、私と比べても母性が強いんですよね」

メジャーリーガーにも広がった活動の場

サンディエゴ・パドレスに移籍する松井裕樹選手(左)に英語を教えて5年。信頼関係はバツグンだ。子育てについて話すことも多いという
サンディエゴ・パドレスに移籍する松井裕樹選手(左)に英語を教えて5年。信頼関係はバツグンだ。子育てについて話すことも多いという

 1月18日夜、タカさんの語学レッスンを一度のぞいてみた。Zoom(ズーム)の画面に映るのは、ドレッド風の髪形をしたタカさんと、著名なサッカー選手、ではなく、米メジャーリーグ・パドレスへの移籍が決まったばかりの松井裕樹選手(28)だった。タカさんは埼玉県内の自宅兼仕事場、松井選手は自主トレ先の奄美大島のホテルからZoomに参加していた。

「今日はちょうど取材に入っていただいているので、パドレス入団会見のリハーサルをやりましょう」

 タカさんが真剣な表情に変わり、本番さながらに英語で司会者になりきった。

「それではこれからわがチームに新しく入団した松井裕樹選手をご紹介します。ユウキ、皆さんに自己紹介をお願いします」

 松井選手がやや緊張の面持ちで口を開く。

「Hi! Hello evryone! My name is……」

 話の内容の一言一句が正確に伝わってくる、流暢な発音の英語だった。

 共通の知人を介して、松井選手と出会ったのは5年ほど前だった。以来、オフシーズンを中心に、オンラインで英語のレッスンを1日当たり60〜90分ほど続けてきた。松井選手がこれまでのレッスンを回想する。

「テキストを使った英語学習もあったのですが、最初は1か月近くかけて英語の歌を1曲マスターしました。楽天時代のチームメートで、中継ぎの米国人選手が大好きだった曲を覚えたんです。『一緒に歌ったら距離が縮められるよ』と言われて始めたのですが、実際に彼の退団後も交流が続いています。ほかにもスペイン語圏の選手と仲を深められるようにと、流行っているラテン系のアーティストの曲だったり、スペイン語の簡単なスラングを教わって、大いに役立ちました」

 これまでは楽天に所属し、外国人選手を迎える立場だったが、これからは逆に、相手の土俵で勝負しなければならない。松井選手が力説する。

「日本に来た外国人の方が日本語を積極的に話そうとしてくれていたら、やっぱりこちらもうれしいし好意的になりますよね。今度は僕が外国人の立場になりますので、積極的に相手の言葉や文化を学ぶ姿勢を見せることが大切だと思っています」

 入団会見に向けたスピーチの練習は、こうした思いに後押しされていたのだ。

 フットリンガルを通じたアスリートへのサポートはこれからも続けていくつもりだ。本格始動したばかりの文筆業では、すでに2冊目の執筆を終え、3月の刊行が決まっている。今回のテーマはスポーツビジネスだ。これらに加え、これまで最もエネルギーを注いできた、子育て・教育分野での活動も増やしていきたいと考えている。「自分の時間を生きる」タカさんの輝ける場所はどんどん広がっている。

タカさんの半生が書かれた『東大8年生 自分時間の歩き方』(徳間書店)は'23年3月に発売され「若い人に贈る読書のすすめ」2024のリーフレットにも掲載され、若い人にぜひ読んでもらいたい一冊※書影クリックでAmazonの販売ページへ移動します

<取材・文/水谷竹秀>

みずたに・たけひで ノンフィクションライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、『日本を捨てた男たち』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。最新刊は『ルポ 国際ロマンス詐欺』。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」の関係について、また現代の世相に関しても幅広く取材。ウクライナでの戦地取材も経験している。