偶然の出会い、その後も山あり谷ありの日々

「コックコートはめったに着ないよ」と野口さん。撮影/齋藤周造
「コックコートはめったに着ないよ」と野口さん。撮影/齋藤周造
【写真】「こだわりがすごい」余計な油を一切加えないピュアチョコレート

 チョコレートとの出合いは偶然だった。夏目さんは突破口を探して異業種交流会にたびたび出席。そこで知人から紹介されたのが、トップショコラティエの野口和男さん(69)だ。

「すんごいチャラそうな人でした(笑)。野口さんがチョコレートは科学でできる。正しい材料を正しく使えば、誰でもうまいチョコを作れるぞとチャラそうに言うから、絶対、嘘だと思った(笑)。ただ、なんか惹きつけられて、彼の車の助手席に無理やり乗り込んで、自分がやってきたことを熱弁したんですね」

 野口さんはもともとチョコレート製造の機械を作っていたエンジニア。40代半ばから独学でチョコレート作りを学んだという異色のショコラティエだ。野口さんは夏目さんとの出会いをこう振り返る。

「俺、人相が悪いでしょ。よく言われるの、上から圧をガンガンかける威圧系だって(笑)。しかも当時乗ってた『ロータス』ってスポーツカーは棺桶みたいな車なんだよ。乗り降りするのも大変だから、彼にしたら車に乗るのも覚悟がいったと思うけどさ。

 夏目さんはあの屈託のない子どもみたいな笑顔で延々と言ったんだ。障がい者のために役に立ちたいって。志が純粋だよね。それで苦節10年だよ。俺もチョコレートに対して真剣に生きてきたから、嘘がない人間同士ってのは共鳴できるんだよ」(野口さん)

 野口さんの厨房を訪ねると近隣の日本語学校に通う外国人が大勢、アルバイトで働いていた。国籍も言語も違う人々が手作業でさまざまな国のカカオを溶かして固めていく。その様子を見た瞬間、夏目さんは「これだ!」と確信する。

「単純な、溶かして固める手作業の繰り返しだし、失敗したらまたやり直してるし。それで利益率は高いし、保存もきく。すぐにいろんな人が働く姿が想像できたんですね」

カカオの種類や食材のバリエーションは無限! QUONテリーヌは1枚1枚手作業でカットされている
カカオの種類や食材のバリエーションは無限! QUONテリーヌは1枚1枚手作業でカットされている

 '14年に「久遠チョコレート」を設立。野口さんの指導のもと、看板商品の「QUONテリーヌ」が生まれた。こだわったのはカカオバター以外の油脂を加えないこと。純度の高いピュアチョコレートに茶葉のパウダーや刻んだドライフルーツ、ナッツなどを混ぜ込んである。風味が落ちるのを防ぐためチョコを温め直すのは2回までと決めた。

 作業工程はそれぞれの特性に合わせて振り分けた。黙々とやることが好きな人はすべてを1人でこなし、2人でペアになって効率よく作業する人もいれば、手先が器用で最後の飾りつけを担当する人もいる。

「障がい者だけじゃなくて、そもそも人は誰もが凸凹や個人差があるので、それをどうやったら生かせるか。パズルを組み合わせるように考えています」

 ある日、売り上げ約1000万円の大口の注文が入る。だが、納品まで10日を切った時点で、残りいくつ作ればいいか誰も把握していないことがわかった。生産管理を担う人がいなかったことが原因だ。販売スタッフも工場に駆けつけ夜を徹して作業を続けたが、梱包が間に合わず外部の会社に依頼。結果、1000万円の赤字に……。

 百貨店のバレンタイン催事に出店したときは、1か月近く陳列棚が空っぽになる大失態も犯した。想像以上に売れ行きがよくて製造が追いつかなかったのだ。

「ほんとに毎回毎回、そんな繰り返しですから、へこみますよ。ストレスで口内炎はすぐできるし、起きたくない朝はいっぱいあるし。でも、年取るのって早くないですか? 僕、今年で47歳ですよ。ついこの間、高校を出たと思ったのに。やっぱ一生は短いんだなと思って、頭を切り替えるようにしています」