「ケンカではないんです」
最初は取材に対して逡巡していたが、「ケンカではないんです」と重い口を開いて、60分にわたって全容を語ってくれた。
「はっきりと覚えていませんが、お兄ちゃんが大伍(容疑者)に“食べ終えた空の弁当箱くらい、自分でシンクに出せよ”などと注意したんです。大伍は過剰反応して、包丁を手にしたみたいで。
普段の大伍は、言われなくても食べ終わった弁当箱はシンクに出しますし、食器洗いも手伝ってくれます。
お兄ちゃんは、私のことを思って、大伍に対して口調が強くなることがありました」
母親によると、大伍容疑者は自閉症で、紘佑さんも19歳のころに統合失調症を患った。母親自身も耳が悪いなどの障害があるという。
兄弟の父親は20年前にバイク事故で他界。長男は小学1年、次男は5歳と手のかかる時期で、母親は働きながら育児をした。
兄弟は母親の苦労を肌で感じたのか、紘佑さんは10代のころから“父親代わり”を務めるようになったという。
「大伍は小学校に通うようになるとパニックになって、履いている靴を公園内の水場に投げ込んでしまうことがありました。それをお兄ちゃんが水場に入って拾い、持ち帰ってきてくれるんです。
お父さんの代わりに大伍の面倒を見てくれました。成績は優秀でしたし、柔道に取り組み、高校で応援団に入ると頼りがいが増しました。声も大きくて。私の心の支えだったんです」
転機は紘佑さんが19歳のころ。コンビニで万引きをしたり、車を棒で叩いて傷をつけるなどの騒動を起こしたことで精神鑑定を受けた結果、統合失調症と診断された。
大手企業で働いていたが、2~3年前に裸で室外に出るといった問題行動を起こして入院。退院後は、別の会社で得意のパソコン業務に従事していたという。
一方、大伍容疑者は障害者雇用で大手通信会社の清掃・工務作業をする定職に就いて、毎朝早く出勤するようになった。
“大黒柱”として一家を支えてきた紘佑さんとの差が縮まったのかもしれない。兄弟の会話は減ったという。
「でも、大伍は職場の人間関係で追い詰められていたんです。私にLINEなどで“疲れた”“仕事を辞めたい”とグチるようになりました」
母親は、成人後も心配事の絶えない息子2人をできるだけ支えようと、毎日午前3時に起床して、2人分の弁当を作った。駅まで車で送ることも頻繁にあったという。

事件当日の朝、いつものように手作り弁当を持たせた母親は、夕刻に帰宅した息子たちに言った。
「ごめんね。今日、お母さん疲れちゃって、ごはん作れそうもないから外食にしない?」
外食から帰宅後、事件は唐突に起きた。