被災地の現実と人々の優しさに触れて

「能登には心優しく、奥ゆかしい人が多い」と語る
「能登には心優しく、奥ゆかしい人が多い」と語る
【写真】大地震の爪痕が残る能登の街

 黒鬼の家は実際に被災した家屋で半壊状態。暖房は一切なし。スタッフもヘルメットを着用しての撮影だった。

「全壊した家々の前を何度も通りました。暮らしていた方々が今どういう思いでいらして、安全な場所に避難していらっしゃるのかと思いを巡らせて。

 僕も石川県出身ですから、目の前の光景を見ながら、大げさな芝居をするよりも、自然に、逆境の中で生きる方の心のリアリティーを出せればいいと思ったんです」

 印象的だったのは、体育館で避難生活を送る被災者たちがエキストラとして参加してくれたことだった。彼らは撮影中、皆が明るい顔をしていたと鹿賀は振り返る。

「日常から離れて、映画の世界に入り込んで、少しでも喜びを感じてもらえたのではないでしょうか。中には『冥土の土産になった』とか、そういう方もいらっしゃったんですけど(笑)。『そんなこと言わずに』って笑ってね」

 遠慮がちでありながら、心遣いを忘れない能登の人々の奥ゆかしさにも触れ、「そんな土地柄が2度の災害で廃れていくのは本当にもったいない」と復興への強い思いをにじませた。

 宮本とのタッグは、ミュージカル『生きる』での深い縁に続き、今回は30年ぶりの映画での共演となる。

「ある日突然、亞門さんから連絡があって『能登でショートフィルムを撮るんだ』と。台本も何も読んでいなかったんですが、すぐに『やりましょう』と返事をしました」

 と微笑む。台本は4稿、5稿と練り上げられ、撮影現場でもセリフが変わるなど、生きた作品づくりが行われた。

 舞台演出家である宮本ならではの撮影スタイルも、印象に残っているそう。

「普通の監督なら『よーいスタート!』と威勢よく声をかけるところを、亞門さんは『はい、始めましょう、よーいスタート』って、普段どおりの言い方なんです」

 と笑う。その独特なかけ声が、現場の緊張を和ませ、俳優たちが自然に芝居に入る雰囲気をつくり出したという。

「作品全体に漂う“ナチュラルな感じ”は、そうした現場の雰囲気から来ているのかもしれませんね」

 黒鬼の心が動くのは、ボランティアの青年との出会いだ。演じたのは小林虎之介。宮本のリクエストで出演が決まったという。

「芝居のよくできる青年で、自分の出番もないのに撮影の初日からずっと現場にいて、熱心に役づくりをしていました。非常にナチュラルに演じる人で、そういう意味ではやりやすかった。ああいう青年だからこそ、黒鬼も心を開いて、『お茶でも一緒に飲むか』となるんですよね」

 まさに黒鬼の心の変化が、復興を象徴している。

 また、亡き妻を演じた常盤貴子については「美しい存在だった」と振り返り、「若い人たちと芝居ができるのは幸せ」と笑みを見せた。

 彼らとの世代の違いについて尋ねると「それはいつも感じていますよ」とサラリと言いながら、「今の若い人は本当に優秀。僕らがデビューしたころとは違いますね。逆に刺激を受けることも多いです」とも。