順調に卵胞が育っていることがわかれば、いよいよ採卵。膣から採卵針を刺して卵胞を一つひとつ採卵するため、かなりの痛みを伴う。
ドーピング防止の規定により、麻酔を使うことはできなかった
局所麻酔か静脈麻酔を用いるのが一般的だが、竹内さんはドーピング防止のための規定により、オフシーズンながら麻酔を使うことはできなかった。
「大変な痛みでした。例えば10個採卵する場合、最低でも10回、針を刺して抜いて、という工程が必要です。とはいえ必ず一度で採れるわけではないので、実際に刺す回数はそれ以上。とにかく痛かったですね」
一方で友人は、静脈麻酔で眠っている間に採卵できたという。竹内さんはアスリートならではの大変な試練に直面したが、それでも「会社員の人に比べて、予定は立てやすかったと思う」と話す。
「採卵後は思った以上の不調に見舞われましたが、そんなときも、会社員の方だと長期で休むことは難しいですよね。採卵日も卵胞の育ち具合によってピンポイントで決まるので、病院から“○〜○日の間に来て”と言われたら基本的に変更は難しい。働く女性にとって、卵子凍結のために柔軟に休みが取れるかどうかは大きな課題だと感じます」
一連のプロセスを終え、無事に凍結に至ったあとは、ほっと安心した気持ちになったという。
「凍結した卵子がすべて子どもにつながるものではないですが、妊娠・出産に向けてひとつステップアップしたような感覚でした」
選手に復帰後、しばらくして卵子凍結の事実を公表。大きな反響があった。
「当時の時代性もありますが30歳を過ぎたあたりから、さまざまな方々に、結婚は、出産はと聞かれることが多くなったんです。悪気がないことは理解していますが、決して心地のよいものではなくて。区切りをつけたい思いもあり、公表に踏み切りました」
同年代の女性から「励まされた」という声が届くなか、少数ではあるが「自然の摂理に反しているのでは」などの意見もあったという。
「私にできることは、実体験を伝えることだけ。一人ひとりが自分ととことん向き合い結論を出すべきことですから、卵子凍結をすすめることはもちろん、アドバイスすらできる立場ではありません。ただ、医療の発達によって選択肢が広がり、多くの女性が自分にとってベストな選択ができればいいなと思います。その結果、幸せに過ごせる人が増えればうれしいです」
凍結した卵子を使って出産する場合、45歳までをひとつの目安とする医療機関は多い。今月42歳を迎える竹内さんに、まったく焦りはない。
「卵子凍結によって、大事なタイムカプセルを埋めてきたような気持ちでいます。今は毎日がすごくハッピー(笑)。引退を決めて挑むシーズンは最初で最後の経験ですし、これまで以上に練習に集中できています。オリンピックに向けて、一日一日を大切に過ごしていきたいですね」
取材・文/植木淳子
竹内智香・たけうちともか(41) スノーボード選手。2014年のソチオリンピックにて日本人女性初のスノーボード競技で銀メダル獲得という快挙を達成。











