「ミスター」もランクイン

 第5位は、落合博満

 1994年から1996年の3年間、4番として巨人に在籍した落合。この3年間で、長嶋茂雄さん率いる巨人は2度のリーグ優勝に輝いている。1995年には通算2000安打を達成したが、名球会入りを辞退したことも話題になった。落合は「任意の団体だから入る自由もあれば、辞退する自由もある。名球会を目指して野球をやってきたわけではない。ゴールはまだ先」と語っていたが、入会資格を満たしながらの辞退は初のケースだった。続く1996年、史上7人目の通算500本塁打、史上7人目の通算1500打点を達成。43歳の年齢にして4番を務めた選手は落合以降におらず、現在も球団最年長記録。ロッテ時代に記録した、NPB史上唯一の“3度の三冠王達成”や、現役引退後の名将としてのイメージも強いだろう。

「どの球団でも活躍していたイメージが強い」(愛知県・60歳女性)

「圧倒的に天才なので」(大阪府・50歳男性)

「打撃を究極に追求し、ほぼ自身の思いのまま方向距離角度までコントロールした打球を打てるから」(千葉県・58歳男性)

 第4位は、ウォーレン・クロマティ

 1983年、MLBのモントリオール・エクスポズから巨人に移籍したクロマティ。移籍1年目の1984年から35本塁打をマークし、1986年には打率.363を記録した。1988年、シーズン開始前にこの年限りでの引退を宣言していたが、6月の試合で指に死球を受け骨折してしまい、残るシーズンを棒に振ることに。1989年に再度この年限りでの引退を宣言し、開幕からヒットを量産。規定打席の403打席に到達した時点で打率は4割を超えており、首位打者を獲得した。最終的な打率.378は巨人の球団歴代最高打率でもある。MVPも受賞し、シーズン終了後には引退を撤回することとなった。助っ人外国人としてその実力を遺憾なく発揮した姿は、多くのファンの胸に刻まれている。

「チャンスに強い印象がある」(東京都・45歳男性)

「『お前が打~た~なきゃ~明日は雨~クロマティ~』と歌えば、期待に応えてくれたから!」(神奈川県・51歳女性)

「打率がずばぬけていて印象にのこっています」(神奈川県・53歳男性)

 第3位は、“ミスター”こと故・長嶋茂雄さん。

2013年5月31日の千葉県民栄誉賞の授賞式でも、国民栄誉賞受賞時と同じ濃紺スーツを着用した長嶋茂雄さん
2013年5月31日の千葉県民栄誉賞の授賞式でも、国民栄誉賞受賞時と同じ濃紺スーツを着用した長嶋茂雄さん
【結果一覧】歴代巨人軍「最強4番打者」1位は“世界記録”の持ち主

 ルーキーイヤーからオープン戦で7本の本塁打を放つなど、痛烈な輝きを放った長嶋さん。新人ながら29本塁打・92打点で本塁打王と打点王の二冠を獲得し、1959年の天覧試合ではサヨナラ本塁打を放ったことでプロ野球の人気に火をつけた。王貞治とともに“ON”コンビで目覚ましい活躍を続け、巨人のV9達成にも貢献。現役引退時のセレモニーで放った「我が巨人軍は永久に不滅です」の言葉は、球界屈指の名言だ。その後も監督として巨人を長く率いて、“ミスタープロ野球”“ミスタージャイアンツ”の愛称で親しまれた長嶋さん。2025年6月3日に肺炎のため89歳で死去した際は、日本のみならず台湾や韓国、アメリカ、イギリスでも訃報が報じられ、プロ野球では2026年シーズンから「走攻守に亘って活躍し、野球ファンを魅了し、日本プロ野球の文化的公共財としての価値向上に貢献した野手」を対象とした『長嶋茂雄賞』が創設される。

「V9時代の中心選手としてチームを引っ張り、好機を逃がさない打撃とスピード感あふれる守備でファンを魅了した」(埼玉県・47歳女性)

「時代を超えたレジェンドだから」(東京都・60歳男性)

「ミスターに勝る人はいない」(愛知県・43歳男性)