ブログで積極的にライブの告知を行う拓郎だが、一連の宣伝活動を疑問視する声も。
「今回のライブはファン人口が最も多い東京では行われません。名古屋と大阪のコンサートホールもキャパ3000人以下と小規模で、チケットが当たる確率も低い。ライブに行きたくても行けない人が多いのではないでしょうか」(関東在住の拓郎ファン)
引退と思いきや再開。匿名ブログを始めれば早々にネタばらし。待望のライブなのに東京では行わないなど、いろいろ相反する行動を取るのはなぜなのか。
フォークグループ「猫」のメンバーで、若き日の拓郎のバックバンドやプロデューサーを務めたこともある常富喜雄氏に話を聞いてみた。
「彼の性格からして、東京以外の小規模の会場で開催するのは、今の自分の歌がどこまで通用するかという不安があったのだと思います。彼もいい年齢ですから、以前のようなパフォーマンスができるのか揺れているのでしょう」
「裏方に回る」30代にも引退を撤回
また、拓郎が引退を撤回したのは今回が初めてではないという。
「拓郎さんは若いころ“俺は30歳を過ぎたら裏方に回る”と言い出したことがありました。それで彼が32歳だった1978年に『ローリング30』というアルバムをリリースしたのですが、結局引退を撤回しています(笑)。あと、1985年にも『ONE LAST NIGHT IN つま恋』という“ラスト”と冠したライブを開いて引退を示唆。世間を騒がせたこともありました」(常富氏、以下同)
これらの拓郎の言動は“正直すぎる性格”によるものだそう。
「嘘とかでなく、その瞬間は本気でそう思っているんです。そんな真っすぐな気持ちがあるから、彼の歌は多くの人の胸を打つんだと思います。なにより80歳を目前にしても、迷いを抱えながら歌い続けているんですから。友人としてもファンとしてもうれしいですよ」
4月に傘寿を迎える拓郎だが、音楽への情熱は、まだ燃え続けている─!

















