p.p1 {margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; text-align: justify; font: 11.5px Helvetica} ここで人生を終えても…移植には迷いがあった

 急性骨髄性白血病の治療は、体内の白血病細胞を死滅させるための抗がん剤投与、すなわち寛解導入療法や地固め療法などの化学療法が主軸となる。これに加え、健康なドナーの骨髄や末梢血などから造血幹細胞を採取し、点滴で患者に移植する造血幹細胞移植が行われることもある。抗がん剤治療のみで完全寛解に至る例も少なくない。しかし森田さんの場合、検査結果から再発リスクが高いと判断され、長期生存のためには抗がん剤治療に加えて造血幹細胞移植が不可欠である、というのが主治医の見解だった。

 骨髄移植をするには患者と提供者(ドナー)のHLA(白血球の型)が適合しなければならない。そこでまず骨髄バンクでドナーを探したが、完全にマッチする登録者は見つからなかった。そのため、完全にはマッチしないドナーからの移植、またはHLAが半分だけ適合する血縁者(親子、兄弟姉妹など。森田さんの場合は息子が該当)からの「ハプロ移植」のどちらかを選択をすることに。

「実は当初、移植を受けるべきか、かなり悩みました。ドナーも数日間の入院の必要があるので、忙しい息子を巻き込みたくないという思いがありましたし、半分しかマッチしていない移植ではGVHD(免疫による合併症)のリスクもある。それに、数年前の白血病治療パンフレットには“移植は55歳までが目安”と書かれており、還暦を超えてからの移植は難しいのではないかと私は考えていました」

昨年の7月。夫婦で長野へゴルフに行った森田豊さん。このときから少しずつ症状は出始めていたという
昨年の7月。夫婦で長野へゴルフに行った森田豊さん。このときから少しずつ症状は出始めていたという
【写真】息子から採取した細胞で…「ハプロ移植」を受けた森田さん

 さらに、無菌室での数か月の入院などを想像して前向きに考えられなくなっていた。

「62歳までの自分の人生を振り返ると、全力で駆け抜けてきて後悔はない。このまま移植を受けずに人生を終えてもいいかな……という気持ちにも、しばしばなりました」

 しかし、その思いを口にすると、周囲の誰もが大反対。

「息子たちは、“お父さんともっと話したい”と泣いていました。そんななかで妻だけは、“あなたのやりたいようにしなさい”と言ってくれて。その言葉で、われに返りました。結局僕は、治療が怖かっただけの弱虫で、自分のことしか考えていなかったと猛省しました」

 その後、担当医からの説明で、現在では完全にマッチするドナーからと、半分マッチする血縁者とで、移植後の成績はほとんど変わらないことがわかった。また、自ら医学論文を読みあさったところ、60代~70代の移植でも、高い確率で寛解になることが判明。

「医学が大きく進歩したタイミングで罹患したのも、医療者としてまだやるべきことがあるという意味があっての幸運だったのかなと」