「人生100年時代」といわれているが、50歳を過ぎ、安定した職業と将来が約束されている状況で、新たな世界に飛び込むには、少なからず勇気がいる。
一般社団法人「ソーシャルアクションジャパン」理事の内多勝康さん(62)は、元NHKアナウンサー。1986年に入局し、生活情報番組やニュース番組などで活躍してきた。
アナウンサーを辞め福祉の現場へと転身
だが2016年、53歳でNHKを退局。国立成育医療研究センターが運営する、医療型短期入所施設「もみじの家」のハウスマネージャーに就任し、福祉の現場で人生の第二幕を歩み始めた。
「NHKに就職するまでは、身近に障害のある人はおらず、当時は、福祉に特別な問題意識を持っていませんでした。きっかけになったのが、新人時代に高松局に配属されたことです。
高松市では障害のある人と市民、ボランティアが一緒につくる『サンサン祭り』というイベントが行われていて、その司会が、新人アナウンサーの仕事のひとつでした。そこで障害のある人や福祉関係者と深く関わる機会を得ました」(内多さん 以下同)
もともとディレクター志望だった内多さんは、次第に障害福祉の分野への関心を深めていく。アナウンサー業務の傍ら、関連する取材や番組制作に携わり、専門学校に通って「社会福祉士」の資格も取得した。
「定年後に福祉に関わる仕事ができたらいいな、という漠然とした思いはありました。でも、終身雇用の時代でしたから、基本的には定年までNHKで働くつもりでした」
そんな内多さんの転機となったのが、2013年に放送された『クローズアップ現代』での番組制作だった。当時、社会にはまだ十分に知られていなかった「医療的ケア児」をテーマに企画を提案し、放送に至った。
医療技術の進歩により、かつては救えなかった命が救われるようになった。一方で、退院後も人工呼吸器や痰の吸引などの医療的ケアを必要としながら、自宅で生活する子どもが増えている。そうした子どものケアに、家族が24時間追われている現状を伝えた番組は、大きな反響を呼んだ。
しかし、内多さんの心には、別の思いも芽生えていた。日々の業務に追われる中で、番組制作を通して抱いた問題意識を、その先につなげられないもどかしさを感じるようになっていたのだ。
「50歳を過ぎると、どうしても現場を離れ、後進の指導に当たるようになります。仕方がない部分もあると、頭ではわかっていました」





















