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ー 楽屋では“ハマ薬局”に

 女優・浜木綿子といえば、どんな役とシーンが思い浮かぶだろうか? 宝塚の可憐な娘役、背中で泣く夜の女役、夫に三くだり半を突きつける痛快な妻役、息子のために奮闘するおふくろ役、事件を解決に導くスゴ腕の監察医……。これまで、さまざまな役を演じてきた浜さんが“仕事”という舞台を降りてから、今は自分の人生というステージを謳歌している。そんな浜さんの暮らしぶりをご紹介する連載第6回です。

 こんにちは。浜木綿子でございます。草花が芽吹く季節は心が躍り、うれしいですね! お花は、散ることを知りながら咲くことを恐れない─、美しくて覚悟のある、大好きなことばです。

 私は、木には感情があると以前から思っているのです。勝手にネ。自宅から歩いて行ける公園に、私が両手を広げても抱えきれない大きなクスノキがあります。樹齢はきっと100年以上の立派な“クス様”。舞台の初日を迎える前に必ず、そのクス様にお願いをします。

「千秋楽まで、どうぞ全員が健康で無事に幕が下りますように……」

 木肌に触れていると、腕にアリが這ってきて、くすぐったい。でも我慢して、ひたすらお願いを……。すると、クス様から「ヨーシ、しかと承ったぁ!」と、声が聞こえてくるんです。本当よ!

楽屋では“ハマ薬局”に

 パワーと勇気をいただいて、約1か月の公演が無事に終わると、必ずお礼に行きます。クス様は「よく頑張ったな」と、ホメてくださり、私は“役”から離れて、深い安堵感に包まれるのです。

 もう1つ、私が大好きで今も元気をもらっているのがお医者さま。栄養注射を打っていただくと安心します。みなさんは「痛いからイヤ!」と思ってらっしゃるでしょ。私は舞台上で大ケガを2回していますので、その痛みに比べたら、チクッ!は平気。

 母の父が医師で、幼いころから祖父が診察している姿や、母が薬の調合をする様子を見ていました。子どものころ、よくお医者さんごっこもしましたね。もちろん私は女医さん。注射を打つフリをしたり、聴診器を当てるマネをしたり。

 女優になってからも、楽屋にお薬をたくさんそろえておきますと、共演者の方が「浜さん、風邪薬ください!」「お腹が痛いの~」って、お薬を受け取りに見えましたね。さしずめ“ハマ薬局”といったところ(笑)。

 振り返ってみますと、本当にたくさんのお役を務めさせていただきました。喜劇で印象深いのは『売らいでか! ― 亭主売ります ―』という色と欲とが絡み合う舞台。私が務めた主人公が、浮気夫と鬼姑に耐えかねて、最後は夫の浮気相手に亭主を売り飛ばす、痛快な人間喜劇。'68年の初演から再演を重ねて、'17年には通算550回を超えました。絶え間なく笑いがあるお芝居で、笑いすぎた年配のお客様が座席から転げ落ちて、公演中に救急車で運ばれたことが2回ありました。

 最後の場面で、銀杏の木が2本あって、その前で主人公が、こんなセリフを言います。

「この木も、メスは実をつけるけど、オスはつけへん。人間も男はアカン、女はエライなぁ!」

 これにお客様は大盛り上がり。男性のお客様はショボンと、女性のお客様は「してやったり!」と拍手喝采。

 カーテンコールには宝塚歌劇団の後輩18人が、私とおそろいの衣装で踊るのですが、サービス満点の舞台でしたね。

 セリフで思い出深いのは、'95年から公演を重ねた『菊がさね』という演目。厳しい花柳界で、芸と恋と起業に邁進して、人間国宝にもなった“女傑中の女傑”といわれた方の自伝です。

 最終幕の舞台には、宝塚と同じような大階段を作っていただき、そこに黒のお引摺り姿の芸者100人が並んで、ベートーヴェンの『第九』を合唱しました。見事でしたヨ。

 その大階段の前で私は最後のセリフを……。ゆっくり、ゆっくりと言ったのを覚えています。大好きな夫で、師匠でもあった方が亡くなり、

「おまえさん!! 私はこれからも菊がさねのように一枚一枚、芸を重ねて生きていきます。あなたを思いながら……」

 悲しみを抑えて、しかも強く。お客様の琴線に触れるように─。忘れられないセリフです。そんな私が、まだやってみたかった役があるのですが、それは次回にお話しいたしますね。さぁ、どんな役でしょう? では、またネ!

※草木と注射から元気をもらっている浜さんのエッセイは隔号に掲載中。次回は5/12(火)発売号です!