中畑氏としては自身の教育、きびしい“躾”があったからこそ娘も立派に成長し、今も良好な関係を築けていると誇るのだろう。ところがーー、
《どうしてこう余計なことを言うかなあ 尻叩くのと、襟つかんで投げ飛ばすのとは全然違うし》
《娘さんの気持ちを勝手に推察しちゃっている》
《娘って40代くらい? 例えその年でも親にお尻叩かれてたって全国に公開されるの嫌だと思うよ》
《事実あっても公の場で言っちゃだめな世の中なのがまだ分からないのね》
叩かれた方は“心に傷”を残している
ネット上では、中畑氏も【今では許されないことかもしれない】と自覚しているにもかかわらず、なぜ阿部前監督に準えて“娘を叩いた”と話す必要があったのか、との手厳しい指摘も。その“違和感”について、かつて巨人担当のベテラン野球ライターは、
「中畑さんの娘さんが“反抗期”を迎えた時期というと平成初期でしょう。その当時でも、家庭によっては昭和然とした“躾”がなされていたのも事実。そしてお孫さんと暮らす中畑家は、いつも“にぎやかで笑顔が絶えない家族”との話は聞きますし、娘さんとの関係が良好のも事実でしょう。
ただ娘さんが“あの時があってよかった”と振り返るならまだしも、叩いた側の中畑さんが“武勇伝”のように、“娘にもよかった”と決めつけるような物言いが違和感を覚えられたのでしょう。いくら“躾”とはいえ、どんな経緯があったにせよ叩かれた方は“心に傷”を残している可能性もありますからね。
それに阿部前監督は酒に酔い、娘に反抗されたことでカッとなって暴力を振るったのであって、教育や躾とは別の話。OB会長として後輩を擁護したかったのかもしれませんが、最後の件だけは“余計なひと言”でしたね」
ジャイアンツ愛が溢れすぎたようだ。

















