1992年紅白出場の本木雅弘 避妊具をネックレスにするは転向ぶりも目立った
1992年紅白出場の本木雅弘 避妊具をネックレスにするは転向ぶりも目立った
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 俳優に転向して早々に自分の道を歩み始めていた本木。1992年に『NHK紅白歌合戦』に出場した際、首にコンドームを模したものを下げて歌唱するなど“尖った”表現でも注目を集めた。

 そんな本木は、江戸川乱歩の怪奇小説『双生児』の映画化を自ら企画。協力を依頼したのが、1989年公開の映画『鉄男』などの監督で知られる塚本晋也氏だった。

「当時の彼は“地味派手なことをやりたい”と言っていたかと思います。メジャーな商業映画ではできないことに挑戦したかったのでしょう。原作小説が正反対の生い立ちの双子が憎しみ合うという話ですから、凛としている本木さんの二面性が出せればと思い、一緒に映画を作ることになりました」(塚本氏、以下同)

 こうした背景で完成した1999年の映画『双生児―GEMINI―』。製作期間はわずか1か月で、スタッフも少なく、真冬という時季も重なり過酷な撮影だった。

「混沌とした現場でしたが、本木さんは待ち時間ができても姿勢を正して待機していました。それどころか現場のために、率先して準備部屋の配置を考えたり、スタッフに声をかけたりと動いてくれたんです。人や作品に対して真摯に向き合う人だと感じましたね」

宮沢りえと2人で「伊右衛門」を完成

 その後も本木は、映画やドラマ、CMにコンスタントに出演。2004年からは、緑茶飲料「伊右衛門」のイメージキャラクターに、宮沢りえとともに就任。現在まで20年以上続く長寿CMシリーズとなった。

 企画の立ち上げ時からディレクターを務める中島信也氏が、本木が起用された経緯を明かしてくれた。

「妻役のりえさんは早い段階で決まったのですが、夫の配役は難航。最終的に本木さんの持つ美しさが、京都の老舗の世界観に合うとなって決まったんです」

 本木の静謐な佇まいは、伊右衛門というキャラクターそのものとして定着した。

「最初のころは、まだキャラクターが定まらず、本木さんもコミカルな芝居をいろいろ試していました。そのたびにりえさんが“伊右衛門さんはそんなことしない”と言ったりして、2人で少しずつ修正して完成しました。

 本木さんは年齢を重ねても、どこか少年のような真っすぐさを持ち続けています。還暦を迎えても、そのまなざしは変わらないですね」(中島氏)