出会いから40日のスピード婚約

 その後も交際報道は沈静化せず、女性誌『婦人倶楽部』(1963年2月号=現在は廃刊)では「結婚を噂された二人ですけど」なる意味深なタイトルで対談を行い「婚約の事実はない」と双方が否定しながら「これは結婚の伏線」と余計に報道が過熱。それほど二人の仲は「堅い」と見られていたのだ。

 それが、一気に終息する出来事が起きた。

 約1年後の1964年11月26日、紀尾井町のホテルニューオータニに300人を超える報道陣が殺到した。長嶋茂雄と東京五輪コンパニオン・西村亜希子さんの婚約会見である。10月に報知新聞が主催する対談で出会った二人は意気投合。出会いから40日というスピード婚約となった。

 各紙は一面で報じたが『スポーツニッポン』は監督の川上哲治や同僚の王貞治より、司葉子のコメントを先に載せている。

《いろいろ騒がれましたけど、お友だちとして本当によかったというのが実感です。シゲちゃんのグループに私も入れてもらってるけど、前から彼には西村亜希子さんみたいなスーパー・レディがいいとみんなで話していたし、彼もそんな人を望んでいたのよ》(『スポーツニッポン』1964年11月27日付)

 そのうえ、翌年1月26日に、ホテルニューオータニで行われた結婚披露宴にも列席し、《これで私もゴシップから解放されて、堂々とジャイアンツを応援できますわ》(『週刊明星』1965年2月7日号)

 と祝辞まで述べている。

 二人の仲が実際どうだったか、今となってはどうでもいいことだが、ノンフィクション作家である筆者の推察を言うと「最初は付き合っていたけど別れて、それでもマスコミが騒ぎ続けたため、説明する時宜を逸した」──が真相ではないか。

 長嶋茂雄が永眠して6月3日で1年がたった。一方の司葉子は表舞台から遠ざかって久しいが、今も健在。今年の8月20日で92歳の誕生日を迎える。

ほそだ・まさし 作家。2020年刊行『沢村忠に真空を飛ばせた男』(新潮社)で講談社本田靖春ノンフィクション賞、2024年刊行『力道山未亡人』(小学館)で小学館ノンフィクション大賞を受賞

取材・文/細田昌志