トップとして見た景色は今までとは別物
トップ就任に伴い、6年ぶりに星組に戻った。
「おかえり!って言ってもらって。泣きました」
お披露目公演は星組『王家に捧ぐ歌』。トップとして舞台の上から見る景色はまた違うものがあった。
「羽根を背負って大階段の上でライトを浴びた瞬間、トップの皆さんはすごいなって、改めて尊敬しました。もうヘトヘトだったんです。これを45日間できるのだろうか、皆さんどんな体力をされてるんだろうと思って。でも不思議なもので、1週間後にはまあまあ慣れているんですよね(笑)」
『王家に捧ぐ歌』で演じた将軍ラダメス役は高く評価され、文化庁芸術祭賞演劇部門優秀賞を受賞している。
星組の後輩に、元男役トップの柚希礼音がいる。「わたるさんは、私たち後輩にとって太陽でした」と柚希。星組時代、湖月から多くを学んできたと話す。
「例えば私たち下級生が思うように動けないとき、“こうやってみたら”と実際にやってくださるんです。わからないから動けないんだ、ということもわかってくださって。みんながわたるさんを見て、わたるさんについていきたくて、私たちは太陽に向かうひまわりでした」
'05年の日韓国交正常化40周年記念『ベルサイユのばら』ではトップとして組を率い、宝塚歌劇団初の韓国公演を成功に導いた。それはある種の区切りとなった。
「現地で取材を受けたとき、宝塚を代表して答えている自分に達成感を覚えたんです。その後、稽古場に戻ったら、またみんなが素晴らしくて。振り付けしたばかりのシーンがすっかりできるようになっている。感動しました。下級生の子たちがピシッとカッコよく踊っている姿を見て、時代がひとつ回った、時がたったんだな、という感覚があって。そのとき、今だ、ここで間違いないって」
と、退団を決意する。
湖月の退団後、星組を率いたのが後輩の柚希である。
「舞台上の芸事は全部教わりました。何から何までわたるさんのまねをして育った。わたるさんが退団するときは、この世の終わりというくらいみんなで泣きました」(柚希)
'06年11月『愛するには短すぎる』で宝塚歌劇団を退団。18年のタカラジェンヌ人生にピリオドを打った。
「退団を決めたときにまず思ったのが、父との約束を果たそうということでした」
高校卒業資格を取ること。それが宝塚音楽学校入学の条件だった。しかし、15歳で音楽学校に入学すると、朝から晩までの稽古に毎朝1時間半の掃除もあり、勉強に時間を割くのは難しい。本科に入り、通信制高校で学び始めた。
テレビ授業と登校を経て、試験にパスすれば高校卒業の資格を取得することができる。学校では友人もできたが、宝塚に入団すると登校日と休みが合わず、途中で断念せざるを得なかった。高校卒業資格は宙ぶらりんに。すると専科のころ、通信制高校の同級生から手紙が届いた。
「4年間通信制高校に通って無事卒業しました。せっかくなので大学に行って、こちらも卒業できました、という報告の手紙でした。それを目にして、自分は何をしてたんだろうと思ったんです。自分に腹が立って、腹が立って。自分をあんなに嫌いになったのは初めてでした。時って戻せないんだなって、実感しました」



















