音楽は常に隣にあった
子ども時代は犬も猫も飼っており、庭の犬小屋で犬と一緒に昼寝をしたり、母のまねをして縁側で猫のノミを取ってやったりした。
「子どもながらに、いろいろな命が地球上で一緒に暮らしていることを、誰かに教わる前に、体感として覚えた気がします。これも、父の教育方針なんです」
国連に勤めていた父は「どの国に生まれても同じ人間、平等に接するんだよ」とよく言っていたという。8歳のころ、父がアジアからの来客を自宅に招いたことがある。
「外国の人と初めて接して、すごく身近に感じた。言葉はわからなくても、気持ちは通じるんだと思いましたね」
「好きなことを見つけなさい」が口癖だった父のもとで、彼女が夢中になったのは、歌うこと。
父が趣味で民謡を習っていたころ、子どもの部に入って公民館に通ったこともある。6歳年上の長姉の影響で、家の中ではビートルズが流れていた。ジャンルを問わず、音楽は常に隣にあった。
姉の慶子が小学生のころに「劇団ひまわり」に入った一方、荻野目は歌好きが高じて小学4年生で『ちびっこ歌まねベストテン』に出演。そこでスカウトされ、翌年、小学生の女子3人グループ「ミルク」として歌手デビューする。同時期に一家は、埼玉から千葉に越していた。
小学5、6年のときの担任教師が当時を振り返る。
「国語の音読では、適度な声量で響きのある声が教室中に心地よく広がっていたのが印象的でした。縄跳びも得意で、二重跳びでは100回近くまでリズミカルに跳び続け、天性のリズム感と、身のこなしの軽やかさがありました。さまざまなことに秀でた子でしたね」
荻野目自身は「引っ込み思案だった」と語るが、担任教師の目には、目立とうとするタイプではないものの自然とクラスの中心にいるように映ったという。
「周りに自然と人が集まってくる、不思議な存在感がありました。ご家族の温かな雰囲気もよく覚えています」
荻野目は6年生の夏休みが終わると、「学校生活を楽しみたい」と思うようになっていく。そのころ、後に彼女と二人三脚で夢を実現させていくことになる事務所の社長とも出会っている。
「ミルク」は解散したが、社長は「絶対に歌いたくなるときがくるから、そのときは連絡しなさい」と告げていた。
だが、中学時代は部活に明け暮れたという。
「父が日曜大工で卓球台を作ってくれて、きょうだいでやっていたので、部活でレギュラーをとりやすいのは卓球だなと(笑)。そのあたりは末っ子の要領のよさかもしれません」



















