終戦を迎え、中高一貫の男子校・麻布中学に入学。東京大学文学部を卒業後、ニッポン放送を経てフリーの脚本家として活動を始めた。しかし決して順風満帆だったわけではない─。『北の国から』の誕生の裏には、1974年に放送されたNHK大河ドラマ『勝海舟』での挫折があった。
「出演者を集めて毎週、脚本読みに時間を費やしたそうです。しかし、俳優側に意図を伝えようとする倉本さんと現場スタッフとの間で溝が深まり、途中降板に追い込まれてしまいます。失意の中、北海道の札幌へ渡ると、1977年には富良野に移住しました。そこで目にした雄大な自然や、都会とは異なる人々の暮らしに触れたことが、後の創作にも大きな影響を与えたのです」(前出・テレビ局関係者、以下同)
21年間にわたって放送された代表作
そして1981年─。倉本さんの代表作が生まれた。
「富良野を舞台にした『北の国から』シリーズは、1981年の連続ドラマから2002年の単発ドラマ『2002遺言』まで、およそ21年間にわたって放送されました。主人公は妻の令子と別れ、東京から故郷の富良野に戻ってきた黒板五郎。幼い子ども・純と螢との3人で、電気も水道もない生活を始めます。単なる田舎暮らしを描いた作品ではなく、家族、恋愛、進学、仕事、貧困、自然との共生などを通して、純と螢が大人になっていく過程が描かれています」
家族が土地に根を下ろし、そこで生きていく姿を描いた『北の国から』。その舞台となった富良野で、倉本さん自身もまた、土地に根を張りながら活動の幅を広げていった。



















