倉本さんのドラマの大ファンだったという放送作家の小山薫堂氏。2人の出会いは1990年代後半、小山氏がパーソナリティーを務めるラジオ番組に倉本さんがゲストとして出演したことがきっかけだった。
2026年春、倉本さんに電話も
「先生はよく“見えないところが大切なんだ”と話していました。例えば、脚本を書くときに、どういう親だったのか、親はどのような人生を歩んできたのか。そういう『根っこ』を考えることが大切なんだと強く話していました。私は、そこまで考えることで、その子が成長して物語の中で動き始めるんだと考えるようになりました」(小山氏、以下同)
小山氏が考える、倉本さん最大の才能については、
「その時代に対するメッセージ、警鐘を鳴らしていたことだと思います。一貫して、近代化とか便利さとか、そういうものと引き換えに人間が失ってきたものへの痛烈な批判があったと思います」
そんな倉本さんと、最後に言葉を交わす機会は訪れなかった……。今年の春、倉本さんの自宅に電話をしたそうだが、
「奥さまが電話に出られて“今ちょっと体調が悪くて出られないんです”と言われ、話すことができなかったんです」
長い時間をかけて張った根は、簡単には枯れない。作品の中に、ずっと生き続けていくーー。


















