今も続けているサッカー

2002年にM-1初出場したときの笑い飯(左端)。初登場時は3位で「パン工場」と「トーマス」というネタを披露した
2002年にM-1初出場したときの笑い飯(左端)。初登場時は3位で「パン工場」と「トーマス」というネタを披露した
【写真】2000年にコンビを結成した笑い飯の2人

 サッカーは今も続けている。吉本興業の後輩でフットサルのチームメイト、「ギャロップ」の林健がプレー中の様子を教えてくれた。

「競技の邪魔にならない場面でお約束のボケを披露する以外はまじめなプレーで。昔のように身体が動かないことを自分で笑うなど、周囲を温かい気持ちにさせる、優しいお父さんのような雰囲気ですね」(林)

 勉強は、「中学でやり切った感があって、そんなにやらなかった」と言うが、日本史は好きで熱心に学んだ。

「歴代総理大臣を覚えるように言われて、間違えて歴代天皇を覚えちゃったんです。でもそのおかげで、古代から現代までを整理して理解できるようになりました。結構オススメですよ」

 学生時代を通して「ずっと先生に恵まれてきた」と語る哲夫。今でも交流が続いている恩師に、高3で古典を教わった大石健一さん(現在、奈良県教育長)がいる。

「“当てられたら、わからんでもええからボケろ”って。ボケなかったら怒る、めっちゃ面白い先生だったんです」

 大石さんに聞くと、教室全体が笑いを競う場だったようだ。

「私の授業は大喜利のようだったとよく言われるのですが、生徒たちはどう答えて笑いをとるかに一生懸命になっていましたね。みんながウケを狙っていたので、授業で哲夫が特別に目立つということはありませんでした」(大石さん)

 部活の帰り道ではレギュラーでも、教室ではなかなか独走できなかったらしい。

 文学との出合いもあった。高1のとき、友人から太宰治の『人間失格』をすすめられたのだ。

「すごく面白かったんです。小学生のときに感じていた気持ちを、主人公も抱えてる。自分も、おどけて心の中を隠してたなって。そこから純文学を中心に、読みあさるようになりました」