舞台を降りれば4児の父 田畑を耕し、家族を育む
私生活では'16年に結婚し、今年6月に4人目の子どもが誕生。一緒に遊び、一緒にお風呂に入る愉快なお父さんだ。
「最近、子どもが脇の下でブーってオナラみたいな音を鳴らすのにハマっていて。僕は人一倍大きな音が出るんで、憧れられてます」
教育方針は、
「命の危険に関わることがあったら、『スクール・ウォーズ』方式でどつきます(笑)。あとは、ご飯粒は残さず食べなさい、とか。“お父ちゃんのご飯、おいしい”言うて、きれいに食べてくれますね」
子どもたちが食べる米も、自ら育てたものだ。10年前から父の後を継ぎ、米や季節の野菜を作っている。田植えや稲刈りには後輩が手伝いに来てくれるが、基本的には一人で作業。仕事の合間にも雨雲レーダーを見て、農作業の予定を組む。
ここ数年は高温と雨の少なさが悩み。長年、一等米の評価を受けていたお米は、あまりの暑さできれいに育たなくなってしまった。ピーマンも、以前は青々とした大きなものが出荷できていたが、最近はすぐ赤くなる。また、アライグマも困りもの。
「トウモロコシやスイカを食べていくんです。捕獲用の柵にも全然入ってくれない。子どもは待ち遠しいらしく、“アライグマおった?”って、よく聞いてきますね」
畑では困りもののアライグマも、子どもたちには気になる存在らしい。そう話す哲夫の目が細くなる。
次の世代に地球を残し、しんどい日々に笑いを届ける
自身を“せこせこしたい性分”と分析する哲夫。
「いつも何かやっていたいし、エスカレーターを使わず階段を2段飛ばしで上がったりもしますね」
吉本に「休みはいらない」とも伝えている。それは、仕事が終わってから次の仕事までを休みと考えるから。
「1泊2日の旅行って、1日目は楽しいけれど2日目に寂しくなる。休みも終わるとき切ないんです。だったら、毎日仕事で合間を休みと思っているほうが切なくならないなという、意識改革ですね」
現在、51歳。60代に向けて何を思うのかと尋ねると、「二酸化炭素を減らす装置を発明する若者が出てきてほしいと日々願う人生です」。中学生のころに感じた危機感は、今も薄れていない。
「僕は話すことしかできないので、発明や、開発する人を支えたいというか。なので教育は若者全員への投資なんです。格差で教育に差がついたら、発明できたかもしれない子がこぼれ落ちてしまう。みんながしっかり教育を受けて全体のレベルが上がれば、可能性も高まる。次の世代にちゃんとした地球を残すことって使命やと思うんです」
そんな哲夫を「本当に可愛くて尊敬もできる、自慢の教え子」と語るのは大石さん。
「忙しいのに義理堅く、先日も教え子と飲んでいると、疲れているだろうに仕事終わりに駆けつけてくれました。これからも精進して、みなさんに愛される芸人になってほしい。もうなっているかもしれませんが」(大石さん)
林にとっては「哲夫さんは、自分にとって“お笑いの法”のような存在」だという。
「ラクなお笑いに走りそうになったとき“哲夫さんが見たらどう思うだろうか”と頭をよぎります。哲夫さんが笑ってくれると安心し、逆に返しを間違えたときは焦りを感じる。いつ見られても恥ずかしくないお笑いをしていたいと思わせてくれる、尊敬する先輩です」(林)
最後に、哲夫にとってのお笑い哲学を尋ねると。
「なぜ日本で芸、特にお笑いがこれだけ発達しているか。諸説あるうちの一つに、災害が多いからという理由があるんです。長い歴史の中で、みんながしんどい目にあってきた。そんな状況でもフワッと笑えたらええやんって。今も地震や水害など大きな災害が頻発していて、営業で被害にあった場所へ行かせてもらうこともあるんです。そこでちょっと笑って英気を養ってもらえたら、すごくいいなあと思うんですよね」
舞台に立ち、原稿を書き、雨雲レーダーを見て田畑へ向かう。
次の世代に、少しでもいい未来を残すために。そして、今日しんどい誰かに笑ってもらうために。哲夫は明日も、せこせこ動き続ける。
<取材・文/今井ひとみ>



















