西野さんはパチンコ台と向き合う男性の後ろ姿をみて、もうどうにもならないと思った。自殺することを決断する。薬局で薬品500ミリリットルを入手し、男性が3万円負けて戻ってきたとき、明日一緒に心中することを強い口調で伝えた。残りのおカネは4万円ほど。人生の最後くらいはおいしいものを食べようと、そのまま有名焼肉店に2人で行く。

「1月半ば。最後の晩餐みたいなことをした。普通に焼肉を食べました。もうこの人はやる気ないだろうと思ったし、携帯電話もないのでやり直すことはできないだろうって。私は死のうとずっと思っていたし、最後に焼肉屋さんで残りのおカネをパッと使おうって。彼氏は死ぬことを渋って“やり直すから、ちゃんと仕事を見つけるから”って騒いでいたけど、もう死ぬから、今日死ぬのって何度も言い聞かせた」

 男性に薬品を100ミリリットル以上飲めば死ねるからと、ペットボトルに半分250ミリリットルを入れて渡した。ネットカフェのドリンクバーを使って、ジュースを混ぜたら飲みやすいと伝えた。2万5000円くらいの会計をして焼肉屋を出た。普通に笑顔で手を振って別れて、自動販売機でジュースを買い、そのまま近くのファッションビルの女子トイレに入る。ジュースを混ぜながら250ミリリットルの薬品を全部飲んだ。西野さんには、なんのためらいもなかった。

「飲むのはツラかった。飲んでからは酔うみたいな感覚。気持ちよかった。頭がフラフラして、そのまま大宮を歩いてネットカフェに戻った。それから記憶はありません。起きたのは3日後、総合病院でした」

 男性が救急車を呼んだ。助かった。病院のベッドで目覚めたとき「どうして生きているの」とショックだったという。事情を話すとソーシャルワーカーに精神科の受診を勧められ、双極性障害と注意障害、不眠症と診断された。生活保護の手続きをした。そして、現在暮らす無料低額宿泊所を紹介されて退院する。同じく彼氏も生活保護を受け、関係はそれっきりとなった。

14歳のとき娘は出て行った

悲惨な出来事を表情を変えずに淡々と語る(写真:東洋経済オンライン編集部)
悲惨な出来事を表情を変えずに淡々と語る(写真:東洋経済オンライン編集部)
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 西野さんはほぼ表情を変えることなく、1年前の悲惨な出来事を淡々と語る。死ぬことばかりを考え、本当に自殺した。極限の貧困から起こった目に浮かぶ悲惨な話に私は息をのんだが、彼女はツラそうでも苦しそうでもなかった。表情が若干曇ったのは、17歳のときに産んだ娘の話が出てからだ。

「生きる意味がわからなくなったのは、だいぶ前。娘が14歳のとき、娘は出て行った。娘がいたときは、娘のために頑張らなきゃと、前向きな感情はずっとあった。娘がいなくなった時点で、私、何のために働くのだろう、生きているのだろうみたいな状態。異常な虚無感が離れない。精神的に不安定になったのも、娘がいなくなってからです」