毎回追い詰められて命がけで書いた

 テレビ番組やラジオ番組に面白いネタを投稿する「ハガキ職人」として伝説的な人物であったツチヤタカユキさん。高校卒業後、さまざまなアルバイトをしながら投稿を続けていたところ、ある芸人さんからネタの面白さを認められて上京、すぐに漫才のネタを作る構成作家になるも、人間関係の構築が不得意すぎて挫折。すべて投げ出して、生まれ故郷の大阪に帰り、ブスブスと燻ぶっていたときに、「遺書の代わりに小説を書いてみよう」とブログで連載を始めたのが自伝的小説『笑いのカイブツ』(文藝春秋)です。

「書く内容は僕の人生のことなので、書くことは決まっていて、あとは見せ方とか表現とかをどう落とし込むかでした。それが見つかればバーッと書けるんですけど、見つからなくて悩み続けるみたいな毎日でした」

 するとブログが話題となってネット上での連載が決まり、そこから1年間、ひたすら書き続ける毎日に。

「書いて、食べて、書いて、寝て、また書いて、という生活でした。空腹だと気が散るんで、腹減ったらとにかく食べて、生活の全部を小説を考える状態にしてました。だから外出もしないし、運動もしないから、8キロも太ったんです。毎日 “これが打ち切られたら死ぬ” と、マンガの『カイジ』みたいに、ざわ…ざわ…ってしながら、毎回追い詰められて、命がけでした(笑)」

 そうやって自分で自分を追い込みすぎて、連載中に2回も倒れてしまったそう。

「書いてるときはつらかったですね。なんでこんなにしんどい思いしてんのやろ、って。しかも連載していたサイトのアクセスランキングでこの小説は6位とかやったんです。1位は堀江(貴文)さんで、それがさらさらっと10分で書いたように見える文章で……。 “こんな死ぬ思いして何週間もかけて書いた自分の小説が勝てないなら、もう担当者、ウチに来てオレを殺せ!” と思ってました(笑)」

『笑いのカイブツ』(文藝春秋) ※記事の中で画像をクリックするとamazonの紹介ページにジャンプします

 その言葉どおり、ツチヤさんがモデルの小説の主人公は27歳まで童貞、人間関係が不得意で、バイトを転々としながらひたすらネタを作り続け、やっとできた彼女ともうまくいかず、なんで俺は生きているのか、死んだほうがマシなんじゃないかと自問し続けます。それでもなお生きようともがき続ける主人公の姿は、読者に強烈な印象を残します。

「25歳で東京から大阪へ帰ってきたときに、それまで自分のことを天才だと思ってたのに全然通用しなかった。なんにも仕事を得られなくて、結果も出せなかった。でもそれは世の中がおかしい、と思って27歳までズルズルいって、お笑いの仕事も何もかも全部なくなったときに、自分が天才と思ってたのってめっちゃダサいなと思ったんです。そのとき価値観がバーンと変わった。芸人さんも、それまではセンスで生きてる千原ジュニアさんとかが好きで、江頭2:50さんとかを正直、下に見てた。だけど、そのカッコ悪いのがカッコいい、と思ったんです。僕もカッコ悪くなろう、ダサくなろう、それがカッコいい、と。だからこの小説は、その “カッコ悪い” 、 “ダサい” の結晶なんです」