さまざまな場所で食べた料理の記憶

『香港風味 懐かしの西多士』野村麻里=著平凡社 1600円 ※記事中にある画像をクリックするとamazonのページにジャンプします
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 下町の冰室(喫茶店)で食べたフレンチトースト、街市(市場)で買った叉焼、精進料理の店で食べた肉を一切使わない酢豚、屋台で食べる麺……。本書には香港のさまざまな場所で食べた料理が出てきます。

料理って味だけがすべてじゃなくて、それを食べたときの風景や記憶とセットになっていると思います。同じ店でも、新築や移転すると味まで変わったように思えることもあります」

 野村さんは香港のあちこちに出かけて、地元の食堂に入っています。

「労働者のおじさんたちが食事する工業団地の食堂にも行っていましたね。当時の香港は安全な街で、女性がひとりで歩いていても危険はありませんでした。

 私は香港に住む前は広東語ができなかったんですが、生活しながら覚えました。香港の人は、広東語を話すときと英語を話すときでは感じが変わります。広東語のほうがウエットというか、人間くさくなるんです。香港人はお金の話も大好きですが、それはがめついからというわけでなく、値段に見合う買い物だったかが重要なんです。一種の合理主義ですね

 野村さんが日本に帰国した翌年の'03年、香港を未曽有の事態が襲います。

「SARS(重症急性呼吸器症候群)の大流行です。発生後しばらくは原因が突き止められず、みんなが疑心暗鬼になりました。幸い早期に収束させることができましたが、あれ以降、香港人の意識は変わったと思います。土地に執着しない傾向があったのですが、この土地で生きていくという自覚が生まれ、デモに参加する人が増えたのでは? と」

 返還から今年で20年。今後の香港はどうなっていくのでしょうか。

「この20年の香港は受難の時期だったと思います。中国政府の政治への介入があり、大陸からの移民も増えています。食文化の面でも、大陸的な料理が多くなっています。それでも、まだ香港の食文化は根強く残っていると感じています。日本では知られていないそれらを、私なりに伝えていきたいんです

 本書に、「香港と契る」という言葉が出てきます。

「“契る”というのは一種の約束ですね。6年半、いさせてくれた香港に対して、私は今も義理を感じているんです。その気持ちを“契る”と書きました

 野村さんは旅行で訪れたときに黄色いスープの入った小籠包を食べ、そのおいしさを忘れられずにいました。そして移住してからその小籠包に再会します。その瞬間、彼女は香港と契っていたのかもしれませんね。

取材・文/南陀楼綾繁

<著者プロフィール>
のむら・まり 1965年、東京都生まれ。'91年よりフリーライターとして活動し、'96年から'02年まで香港在住。帰国後は執筆、編集、翻訳を手がける。共著『ひょうたんブック』(平凡社)、編著『作家の別腹』(光文社)、『作家のおやつ』(平凡社コロナブックス)、『稲垣足穂』『南方熊楠』(平凡社スタンダードブックス)など。翻訳『マクダルとマクマグ』(朝日新聞出版)がある。