「“身体が疲弊している”“もうやり尽くしました”という連絡をもらいました。長年ケガに苦しんでいる様子を知っていたので、私は“ご苦労さん”とだけ声をかけました」

 10月1日、北海道日本ハムファイターズの斎藤佑樹投手が今季限りで引退することを発表した。早稲田大学時代に監督として斎藤を指導した應武篤良氏は、『週刊女性』の取材に対し、どこか寂しげに教え子との会話を振り返った。

マスコミからの熱視線

「3日には2軍のイースタン・リーグで登板があり、鎌ケ谷スタジアムには1500人近いファンが集まりました。人気は衰えておらず、17日に札幌ドームで行われる引退セレモニーのチケットは、すでに完売しています」(スポーツ紙記者)

 日本ハムに入団して11年、ついにマウンドを降りる。斎藤の名が全国に広まったのは、高校時代のことだった。

「'06年夏の甲子園に早稲田実業のエースとして出場。投球の合間にハンカチで顔の汗を拭く姿が華麗で、“ハンカチ王子”と呼ばれて社会現象になりました。決勝の相手は田中将大投手を擁する駒大苫小牧。延長15回で決着がつかず、翌日の再試合でも先発して計24回を投げ切り、完投勝利しました」(同・スポーツ紙記者)

 卒業後は早稲田大学に進学し、'10年度のドラフトでは4球団から指名を受けて日本ハムに入団した。

「1年目は6勝、2年目は5勝とまずまずの出来。しかし、肩を故障してから成績は低迷します。1軍のマウンドは'19年シーズンが最後になりました。プロ11年間で15勝26敗という成績です」(同・スポーツ紙記者)

 思うような成果を挙げることはできなかったが、今も知名度は抜群。引退後に向けて、マスコミ業界では早くも争奪戦が始まっているという。