心が躍る。

 タカヒロの歩みは速度を増す。

 毎月15日、給料日に行く風俗。それはタカヒロが生きる意味といっても過言ではない。

 タカヒロにとって女性は、性欲を発散する相手でしかなった。恋愛など面倒くさいし、そもそも女性の内面に興味が湧かない。少し前までのタカヒロは、そういう人間であった。

 しかし、偶然出会った「クミ」という風俗嬢が、タカヒロを変えた――。

 半年ほど前のこと。

 新規開拓で入った店で、なんとなく写真指名をした相手が、クミだ。容姿も普通、プレイ内容も普通。

(次は別の子だな)

 内心思いつつ、余った時間でした会話は、タカヒロに衝撃を与えた。

「なんでこの仕事してるの?」

 Yシャツを着ながら適当にした質問に、クミはこう答えた。

「私、人が幸せそうにしてる顔が好きなんだ」

 なんだこの理由は。

 今まで当たった風俗嬢は、「割がいいから」といった合理的な理由を述べることが多かった。なかには「借金をかかえて仕方なく」という子もいた。

「人が幸せそうにしてる顔が見たい」

 このあまりにほんわかした理由に、タカヒロの衝撃は徐々に好意に変わっていった。

 クミの事をもっと知りたい。

 それからのこの半年間、タカヒロの“風俗生活”は一変することになる。

 週に一度は行っていた風俗を、月に一度、クミの出勤日のみにした。その分、オプションを全てつけて最長の3時間コースで入る。クミに少しでもお金が入るように。

 そして、その3時間でクミと話だけをする。クミの事を知れるように、クミが少しでも休めるように。毎回、花をプレゼントすることにした。自分という人間を覚えてもらえるように。

 渡す花はスターチス。柄にもなく調べた花言葉は“永遠に変わらない心”。

「ずっとそのままでいてほしい」というクミへの想いが、花言葉に重なった気がした。

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 クミとは色々な話をした。

 将来の夢はウエディングドレスデザイナーであること。昼はOLとして働くかたわら、今はデザインの勉強をしているそうだ。風俗で稼いだお金でドレスを作り、ドレスブランドに売り込んでいるのだという。

 その仕事に就きたい理由はもちろん「人の幸せそうにしている顔が好きだから」クミに言わせれば、ドレスデザイナーも風俗嬢も、そういう意味で大きな違いはないそうだ。

 クミの独特な感性にタカヒロはさらに惹かれていった。

 タカヒロの話も聞きたいと言うクミに、「風俗に行くお金があったら彼女と美味しいものでも食べに行く」と言う同僚の話をしたところ、

「そういう人って本当に素敵!」

 と、目を輝かせた。

「風俗で働く人が風俗に来るお客に言うのも変だけどね」

 タカヒロの指摘に、

「たしかに!」と笑うクミは、話題にそぐわない程、無邪気だった。

「タカヒロと話してると、自分が風俗嬢だってこと、つい忘れちゃう」

 そう話すクミの笑顔で、タカヒロは告白をすることを決めるのだった。

 * * * * * *

 話は冒頭に戻る。

 心が躍る。

 タカヒロの歩みは速度を増す。

 今日は、この想いをクミに伝えるのだ。振られたっていい。握りしめるスターチスの花束が、勇気をくれる。

 店に入って2時間50分。いよいよ話を切り出す。

「今日は、話があるんだ」

 言葉を発したのはクミの方だった。

「お店、今日で辞める事にしたの。タカヒロが、最後のお客さん」

 ……え?

 どうやらタカヒロが毎回渡していたスターチスを、ウエディングドレスのデザインに加えたところ、ドレスブランドとの契約が決まったらしい。

「永遠に変わらぬ心」

 たしかにウエディングにはぴったりだ。皮肉にも、クミ会う度に渡していたプレゼントが、クミに会う時間を摘み取ってしまった。

 茫然とするタカヒロに、クミが続ける。

「目、つぶって。私には、こんなお礼しかできないから……」

 訳もわからず目をつぶる。

 クミがタカヒロの手を握る。

 ガサ……

 何かを握らされた感触に目をあけると、そこには紫色の花があった。

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「これね、カンパニュラっていう花なんだ。花言葉は、ご親切にありがとう。私も影響されて、いろいろ調べちゃって。私にできるのって、これくらいだから。」

 ピピピ、ピピピ……

 時間終了のタイマーが鳴る。

 ……まあ、これでもいいか。

 タカヒロは思った。自分がした行動が、好きな人の幸せに少しでも貢献したのだ。これはこれで、よかったのかもしれない。

「はい、これで風俗嬢はおしまい。あ、あと忘れ物。」

 クミの唇が触れた。

「……え??」

「だからこれは、仕事じゃないよ。もしも、もしもまた会えたら……タカヒロの事……好きになってもいいですか?」

 タカヒロは、今の自分の顔を、クミがちゃんと見てくれてるといいな、と思う。

 きっと今、自分は、世界で一番幸せそうな顔をしているだろう。


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