父と自分を投影した絵が好きな猫

 今まで150冊以上の絵本を描いてきた茅子だが、その中でひときわ愛着をもっている作品が『えのすきなねこさん』である。

「父が76歳で亡くなりアトリエを壊すというので、父が使っていた大きなイーゼルや絵の具箱、パレットなどを居間に置いて、毎日眺めているうちに描きたくなって描いた作品なので、とても愛着があります。毎日毎日、何の足しにもならない絵を描いているねこさんは父の姿でもあり、同じ道を歩んできた私の姿でもあるんです

父の形見のパレット、今も大切に玄関に飾っている
父の形見のパレット、今も大切に玄関に飾っている
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 それだけにねこさんが、絵本の中でどんな絵を描くのか、ずいぶんと頭を悩ませたという。

「父が描いていた油絵の風景画を描くわけにはいきません。そこで思いついたのが、大好きだったスペインの画家ミロです。ところがミロの画集を見ながら模写を始めたもののうまくいきません。

 そこでねこさんを“ミロに似たような絵を描く絵描き”という設定に変えたところ、1度も失敗することなく、どれも楽しく描けました。この絵本は3万部しか売れていませんが、大人のファンが多い作品です」

 この作品で茅子は、第18回講談社出版文化賞絵本賞を受賞。ミロを模して描いた“ねこさんの絵”は、今も大のお気に入りだという。

父をモデルに描いた『えのすきなねこさん』(童心社)。ねこさんの描くミロ風の絵が、今も気に入っている。
父をモデルに描いた『えのすきなねこさん』(童心社)。ねこさんの描くミロ風の絵が、今も気に入っている。

 そんな茅子の絵の才能を引き継いでいるのが、茅子の長女・かなだという。

「子どものころから抜群に絵がうまく、手作りの小さな絵本を作っていました。ギャラリーなどに勤めながら絵本も出版しています」

 今では鎌倉に家を建てて暮らす茅子とひとつ屋根の下で暮らす娘のかなは母についてこう語る。

「去年飼っていた猫が亡くなり、初めて母と北海道を旅行しました。軽い脳梗塞を2度経験してから、母はとても穏やかになりました。今年50周年を迎え、初めてのエッセイ集『子どものアトリエ』を出版して、本人としてはもう、ひと区切りついたと思っているようです」

 近ごろは「引退」を口にすることも多くなったというが、こぐま社の担当編集である関谷裕子さんは、

「『子どものアトリエ』のお仕事で、“はじめて私の編集者になったわね”と言っていただいたので、次回は絵本でぜひ言っていただけたらと思っています。お元気なのでまだまだ描いてほしいですね」

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  ◇   ◇   ◇  

 家を出て本覚寺を抜け若宮大路を渡ると鎌倉の小町通りはすぐ目の前。夏の夕暮れ、茅子は水が打たれた小径を急いだ。

「息子の紺を亡くす少し前からですから、もう17~18年になるかしら」

 今では毎週決まって1、2回夕方に小料理屋「よしろう」の暖簾をくぐり、気のおけない仲間たちとひとときを過ごす。

「いらっしゃる日は、何か好みのものはないか、市場に行っても気になりますね」

 いつも着物で迎えてくれる女将の姫田あかねさんは言う。

 父と母、そして最愛の息子を見送りながらも、ひたすら絵本を描き続けてきた。

──あと何作描けるだろうか。

 ふとそんなことを考える自分がおかしくて茅子は笑った。

「もう1杯だけ、いいでしょ。あかねさん」

「あと1杯だけですよ」

 季節の魚・たかべが焼けるのが待ちきれず、いい匂いを肴に茅子は焼酎を飲んだ。

(取材・文/島右近)

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