タイ人のラーさんのやさしい炊き出し

 役場のすぐ隣にある恐竜博物館近辺をぶらぶらしていると、古民家風の建物に目を引かれた。『福永幸山堂 御船ギャラリー』とある。だが、幟(のぼり)にはタイカレーランチという文字。興味をひかれて入り、ラーさんと出会った。彼女はここで藍染め・草木染めの衣類や小物を作りながら、奥のカフェでタイカレーランチを出している。チェンマイ出身で、御船の男性と結婚して28年前に来日した。

「タイにも地震はあるけど、あんな大きなのは初めて。怖くてたまらなかった。このあたりは車がずらりと並んで、みんな寝泊まりしてた。赤ちゃんを抱いたお母さんが、夜中に子どもをあやしながら外をうろうろ歩いてるの。とても自分だけのんびり寝ているわけにはいかない」

 外に出て、若いお母さんに寄り添い、子どもをあやした。ラーさんは地震後すぐに、仲よくしていたレストランやお豆腐屋さんの夫婦と炊き出しを始めた。もともとボランティアが“趣味”で今は町会議員の夫は、地域のために飛び回り、ほとんど帰ってこなかったという。

「そのうち自衛隊が来て、食料も行き渡るようになったけど、お年寄りばかりが避難しているところは食料を取りに来られない。みんなでたくさんおにぎりを作って、主人に持っていってもらいました」

震災直後、自宅にあったテントを出して臨時カフェを作ったタイ人のラーさん

 知り合いが大根を何十本も持ってきたこともある。ラーさんは家から大きな寸胴鍋を持ち出し、外でその大根をみんなで洗い、大きく切って煮込んだ。肌寒い日だったから、大喜びしてくれたという。

「私、たまたまテントを持っていたので、少し状況が落ち着いてから、うちのすぐ裏に張って、車中泊の人が集える場所にしたの。テーブルの上にはインスタントコーヒーの大きな瓶とポットと、うちにあったお菓子をカゴに入れて。そうしたら、みんながそこに集まるようになった。コーヒーが少なくなると、いつしか誰かが置いていってくれる。お菓子もみんなが持ち寄ってくれた。日本の人は優しいなと思いましたよ」

 コーヒーを飲みながら、地域の人たちが話をできる場があると、人はあまりイライラしなくなるからね、とラーさんはニッコリ。