母娘が家族とともに暮らしていたのは、ガザ地区南部に位置するのどかな農村・フザーアだ。10km×40kmの長細い地形、面積にして東京23区の3分の2ほどしかないガザは、ユーラシア大陸とアフリカ大陸がつながる地点に位置し、古来はさまざまな地域からやってきた商人の行き交う商業都市として栄えていた。

 文化も花開き、今でも地中海から歴史的な価値をもつ彫像が引き上げられることもある。

 しかし現在のガザは「天井のない監獄」と呼ばれ、絶望に覆われた陸の孤島だ。

パレスチナ人が越えられない分離壁

失業率49%の「天井のない監獄」の暮らし

 札幌市の人口よりも多い200万人もの人口を抱えているガザは、2007年から11年間、人やモノの出入りをイスラエル政府により極度に制限される「封鎖」状態に置かれている。

 美しい地中海は11kmほどしか沖に出ることができず、陸の境界線は高さ8mの巨大な壁やフェンスでぐるりと囲まれてしまった。空は常にイスラエルの偵察機が飛んでおり、唯一あった空港は過去の戦争でがれきと化している。

 イスラエル政府は、ガザの実質政府の役割を果たすイスラーム組織『ハマース』や武装勢力を警戒して「安全のために」封鎖を行っていると説明している。

 

 しかし、ハマースの統治を理由に、直接の責任があるわけではない無辜(むこ)の全住民をも巻き込んで苦しめる封鎖は「集団懲罰」とされ、国際法に違反している。そして国際社会から非難を受けるこの封鎖政策が、数々の人道危機を引き起こしているのが現状だ。

 イスラエル当局の許可がなければ輸出入もできない状況では経済を成り立たせることができず、国連によれば今年のガザの失業率は49%と世界最悪の数値にまで上昇してしまった。封鎖前は12万人の雇用を誇っていたはずの製造業は、現在7000人しか雇えないとされる。

 かつてガザの生花やイチゴは地中海を越えてヨーロッパにも輸出される名産品だったが、今では売ることはおろか、外に持ち出すことすら容易ではない。

 収入を得られない住民たちの8割は、何らかの支援を受け取らなければ暮らしていけないとも言われ、国連やNGOによる支援が人々の生命線となっている。

 そしてイスラエル政府による封鎖政策に加えて、この10年間に3回も起こっている戦争がガザ地区をズタズタに引き裂き、人々から大切なものを奪い尽くしている。