被災したママの声に突き動かされ

 かもんさんは現在、東日本大震災からの教訓を活(い)かし、社会に役立つ仕組みを広める一般社団法人スマートサバイバープロジェクトに所属。東日本大震災・熊本地震で被災した約400人のママたちから聞き取った被災体験をもとに、防災ブック『その時ママがすることは?』を作成している。

 被災したママたちの知恵や教訓、「もう、ほかのママたちにこんな思いをしてほしくない」という願いを伝えるため、防災ママカフェを始めたという。

防災ママカフェはいつも最前列から埋まり、目の色を変えたママたちは真剣にメモを取る 
防災ママカフェはいつも最前列から埋まり、目の色を変えたママたちは真剣にメモを取る 
【写真】防災講座の様子、かもんさんの幼少期、結婚式の様子など

防災でいちばん大切なのは防災リュックを作ることではありません。まずは、自分と大事な人のいのちを守ること。そのために何ができるかを自分の頭で考えることです。それには、被災したママたちの声をリアルに伝えることが最強だと思っています。どんなに偉い人に“ちゃんと備蓄しなさい”“防災訓練に参加しなさい”“リュックにこれを入れなさい”と上から言われても、子育て中のママには届かない」(かもんさん)

 かもんさん自身は千葉県船橋市在住。地震の経験はあっても、被災したことはない。防災ママカフェに、なぜそんなにも力を入れるのか。

 マーケティングやコミュニケーションデザインの仕事をしていたかもんさんは、東日本大震災の被災地のママと子どもたちへの物資支援に関わった。そのとき、被災したママたちが切迫した状況を話してくれた。

「保育園に急いで迎えに行きました。本来くるはずの緊急連絡メールも来なかった」(宮城県東松島市・葵ママ

「よつんばいになっても前に進めず、子どもがいるベビーベッドまでなかなかたどり着けなかった。防災無線は全く聞こえなかった」(宮城県石巻市・美穂ママ

「ミルクがほとんどなかったけど明日特売だから明日でいいやと思っていた。そうしたら、その日に地震がきた。そのミルクを水で薄めて飲ませることしかできなかった」(宮城県石巻市・匿名ママ

 大地震がきたときのことを「自分ごと」として想像するのは難しい。しかし、同じぐらいの子を持つママがどう過ごしたかを知れば、せめて「他人事ではない」と感じることができる。

「なぜこの人は助かって、あの人は亡くなってしまったのか。地震がくる、津波がくると知っていれば助かったいのちがあるはずなんです。そして、いつ逃げるか。その判断が岐路になる。私が伝えることで助かるママや赤ちゃんが1人でも増えるかもしれない。そう思うと、伝えずにはいられないんです」

 かもんさんの中で熱い思いが動き出した。

 ワークショップではこのような実際の声を紹介しながら、ママたちに問いかけていく。

「子どもは非常時だろうが、まずけりゃ非常食を食べない」

「家具が倒れて自分や子どもがタンスの下敷きに。そんな光景を見たくないなら、今すぐ家具を留めるほうが簡単!」

「自分や大切な人のいのちを人任せにしない。今できるのに後回しにしないで」

 かもんさんは防災専門用語を極力使わない。最長で2時間半、そのときに与えられた時間の中で最大限のことを伝えるため、ノンストップでテンポよく話し続ける。

 ママたちのリアルな声に加え、地震の仕組み、プレートの動き、その土地の成り立ち、想定される災害、今できる準備、そして、最後に防災リュックと備蓄の話──。必要なことはすべて網羅する。

 難しい内容でも「ママ語」でわかりやすく伝えるスタイルはママ界の池上彰、軽妙な語り口は綾小路きみまろといえそうだ。参加者の気持ちを的確にとらえ、その場その場で次に展開する質問をストライクゾーンに投げかける。

「話し方を特に訓練したことはないんです。関係ないかもしれないけど、私の父の3代前は旅芸人だった。父方の親族は、新聞記者、指揮者、フランス文学者、振付師もいて、“人と違う”“人に魅せる”が評価のポイントでした」

 幼少期、親族が集まるとステージが用意されたと笑う。

「子どもたちは必ず一芸を披露する。木枯し紋次郎、ジュリー、ピンク・レディーなど、メイクや仮装をし、歌や踊り、語りで大人を唸(うな)らせないといけない。ダメだと“こうやるんだ!”と大人にマイク取られちゃいますから。飽きさせずに防災の話ができるのも、そこからきているのかも(笑)」

2歳のかもんさん。本格的な「木枯し紋次郎」の仮装でポーズ
2歳のかもんさん。本格的な「木枯し紋次郎」の仮装でポーズ

「興味がない人にしっかりと伝える技術」はこれまでの仕事で培った。大学卒業後、大手企業の販売促進部に配属され、10年を過ごした。

「仕事は他社から依頼のマーケティングやコンサルティング。当時は女性が少なく、重宝されました。そのとき、おじさんたちの女性のとらえ方に愕然(がくぜん)としたんです」

 例えば、女性をターゲットにした新車の宣伝販促。年配の男性たちは、「女性といえばピンクの花柄だろう?」という安易な考え。しかし、若い女性に意見を聞くと「自分らしい色やデザイン」「乗ったときにおしゃれに見えるか」などのニーズが浮かび上がる。リサーチして生の声を提示すれば、おじさんの偏ったイメージも覆すことができた。

「混沌(こんとん)とした意見の中から、共通するカケラを見つけて磨くと、新しいコンセプトができる。それをどう伝えるか。防災教育もリアルな声と伝え方が重要です。でも、今までの防災講座は相手がママでもおじいちゃんでも、同じことを同じ口調で話す。それでは伝わるものも伝わらない。どうすれば相手が身を乗り出して聞いてくれるかを考えれば、きちんと伝わる。これまでの経験がすべて今の活動に生きていると思います」