大阪の人情に助けられて

「初めて徘徊に付き合った日には、びっくりするくらい歩いたんですよ。初日は梅田まで行きました。5キロ6キロは普通ですわ」

 章子さんが、5年間にわたって記録したという『徘徊ノート』を取り出す。

 某年3月20日《出て行く。7回。1時間×1キロ》

《出て行く》が日に5回、7回はざら、10回(!)という日もある。回数が増えれば、1日の総徘徊時間も6時間、9時間と増えていく。

「なにが嫌かといって、せっかく連れて帰るでしょう? 健常者だったら、“さあ一服でもしよか”となる。

 でも認知症患者は違う。歩いて疲れたことも忘れるから、“さあ、行こうか!”。これは大誤算だった。歩かせて疲れさせ、コロッと寝かせようと思っていたわけだから」

 アサヨさんの1回の徘徊時間の最長記録は15時間で、USJのある此花区までのおよそ11キロ。此花までタクシーで行き、警察に保護されて迎えに行ったら、その帰りにずんずん歩かれた。

「此花警察のおまわりさんも慣れてきて、ここまで迎えに来るのも大変だからと、“タクシーでそのまま送り返してくれるようになった”(笑)」

 アサヨさんの徘徊に付き合うだけでなく、居酒屋などにも積極的に連れ出し、マスターやお客さんたちにも紹介した。

 前出の柿坂万作さんが言う。

「いつも寄っていかれるんやけど、ママリン、来るたびに“この店、いい感じや〜ん! 初めて知ったわあ。あんたええ店知ってますね”ってアッコさんに感心してる(笑)。

 アサヨさんはここではオレンジジュースを飲みはるんですが、アッコさんから言われて、ウイスキーをチョロチョロと。帰るころにはふわ〜となって、いい気持ちになって寝てくれる(笑)。

 でも若いころは厳しい人やったろうなあと思うわ。姿勢のきれいさ。あれは1日じゃ身につかない。『徘徊』の撮影でも、カメラが来たとたんシャキッと。“女優やなあ!”と思いましたわ(笑)」

 章子さんがしみじみと言う。

「同居して数か月は、“それは違う”とか“家はここでしょ!”とか、ママリンの言っていることを正していたけど、それをやめ、忘れることを受け入れたら、怒ったりわめいたりがなくなりました」

 アサヨさんの徘徊を少し離れて尾行し、道に迷うそぶりが見られたら、絶妙なタイミングで声をかける。“あれ、ママ。こんなところでどうしたん? 私、タバコ買いに来てん。一緒に帰る?”。

 そんなふうに声をかける章子さんの印象的な姿が、『徘徊』には何度も登場する。

道に迷う母にすかさず声をかけ帰るよう仕向けたが、これも至難のワザ

 決して隠さず、ありのままをむしろ積極的に出していく、こうした“お披露目介護”には、実は専門家の間でも賛否両論がある。アサヨさんのケアマネージャーで、7年の付き合いという中村さんが言う。

「アサヨさんがひとりで徘徊して警察に保護されるということがあって、前任者から引き継いだ段階では、危ないな、と思っていました。

 でも章子さんが腹をくくって“深夜早朝、何時であろうがついていく”と決めてからは、ケアマネとして、その生活スタイルを支援することに決めました」

 章子さんの覚悟と、ケアマネの理解があってのお披露目介護。2人のことは次第に、近所や大阪の交番・警察署で、知らぬ者とていないものとなっていた。

 北浜でサロン喫茶『フレイムハウス』を経営する加藤美佐子さん(51)が言う。

「おふたりはこのへんの有名人。ほっとけないというか、ひとりで歩いていたら事故にあったりとかもあるから、知っている人は目で見て確認していましたね。この町には、ポイントポイントに、そんな店があったりします」

『フレイムハウス』の加藤美佐子さん

 映画『徘徊』にも登場した『珈琲専門店 リヴォリ』も、そんな店のひとつ。マスターの堀敬治さん(71)は、

「初めて(徘徊するアサヨさんを)見たのは、5~6年ぐらい前かな。“歩いて九州に帰りたい”とか店の前を通ってはる人に聞いたりしはって。ですから、“おばあさん、コーヒー飲んで休んでってください”と声をかけて。

 あたしらは朝6時前に店に入るんですが、その開店前からタッタタッタとお母さんが歩いてくる。章子さんは、そんなお母さんの何メーターか後ろを、毎日のように追いかけていましたね

 妻の堀真理さん(69)も、毎朝店の窓から「今日は来はるかな」と気にかけていた。

 アサヨさんがひとりで歩いてきたら店の中へ招き入れ、章子さんが追いつくまでコーヒーを飲んで待つ日もあった。

「前の通りに座っていらして。“帰りましょう”と店までお連れしようとすると、おっしゃることはしっかりしているんです。“ご主人(敬治さん)が忙しいでしょうから帰ってください”と。本来は頭のいい方なんだと思いますね」

『珈琲専門店リヴォリ』の堀ご夫妻

 こうした人々に、章子さんもおおいに助けられた。

「警察に迷子の捜索願を出しに行っても“お母さんのこと、ちゃんと見とかなあかんやないか!”と叱(しか)られなかった。おまわりさんが“まかしとき! 迷子になったらすぐに見つけたげるわ!”と言ってくれたのが本当にありがたかった」

 そして、こう続ける。

「最近、人は冷たいっていうじゃないですか。でも、ママの後をついていってると、ママがピューと歩き出したら、“ばあちゃん、信号赤や!”と手をつかんでくれたり、全然知らない人が、ママにトイレを貸そうと自宅のマンションまで連れて行ってくれたり……。

 思いのほか、人って優しい。大阪だから? いえ、そうじゃないと思いますよ」

 思いやりや人情は、今も決してすたれてはいない。そして、家族が認知症でなければ得られないものも、またあるのだ。

喫茶店やバーでくつろぐ2人の姿は北浜でも有名に