絶縁中の父に抱く、複雑な思い

 来月、アンナさんの原点ともいえる沖縄アクターズスクールの35周年を記念して、同窓会が開かれる。バラバラになってしまった生徒たちの集まれる場をつくりたいというアンナさんの思いが実現する。本来なら創設者で校長である父、正幸さんを囲んで行いたいが、そうできない事情がある。

「父から沖縄アクターズスクールを辞めた人間とは連絡を断てと言われてきたので、その仲間たちとも疎遠な時期がありました。

 でもアクターズを辞めてラブジャンクスを始めたとき、ダウン症の子たちにハッピーに生きていくことの大切さを教えられましたし、そのとき助けてくれたのもアクターズの仲間たちだったんです」

 アンナさんはスクール側の人間として、仲間を切り捨てる姿勢をとってきたことを猛省した。そしてまた仲間とつながれたとき、もう2度と自分がつくり上げてきた関係を断つような生き方だけはしたくないと決めたという。

’08年、沖縄アクターズのみんなと。父とは約10年、音信不通

「父には縁を切ると言われ、横浜の教室も出入り禁止となりました。10年前に連絡があって会ったときも、考え方が変わっていなかったので、訣別したのです」

 父は元気にしていると伝え聞く。アンナさんは、いつか普通の父娘の関係を築けたらと願っているが、まだ時が満ちていないと感じている。

「アクターズで経験させてもらったことが今の私をつくっています。私が教えるときに語る言葉は、父から言われてきたことなので、本当にたくさんのことを教わったと感謝しています。その気持ちを伝えられる状況にないことが残念です」

 この父と娘をずっと見守ってきた人物で、正幸さんとは20代からの付き合いという写真家・加納典明さん(76)が語る。

アンナはあの独善的な親父の下で自分を見失わずによく育った。アンナがダウン症の子たちが踊るのを見て、常識的な視点とはまったく違って、彼らの目の輝きや動きの中に何かを見つけていったのはやっぱり才能だと思う。マキノも人の才能を見つける類いまれな力があるが、アンナのそれも親父譲りで、そこが親子なんだよ。通俗的な親子関係の修復とかで俺が出ていくことはないし、2人とも自分を生き切ればいいのよ」

 アンナさんが父から受け継いだ“才能を見いだす力”が、今、社会を動かそうとしている。最後にアンナさんが晴れやかにこう語る。

ダウン症の子たちは、私を大きな愛で包んでくれて、私の居場所をつくってくれました。その居場所があるから、私はほかで何があっても、自分を卑下することなく頑張れるんです!

 世の中で彼らの居場所をもっと広げたい。普通に健常の子たちと友達になれたり、一緒にバイトをしたり、車を運転したり。彼らは時間がかかってもできるようになることがたくさんあるんです。ラブジャンクスの活動で理解を広めて、彼らがいろんな扉を開くのを応援したいと思っています」

 アンナさんの誇りが子どもたちに連鎖していく。

 挫折と葛藤の果てに辿りついたアンナさんの生きる道。近くで、遠くで見ている人たちに支えられ、アンナさんは前だけを向いてゆく。

(取材・文/森きわこ 撮影/齋藤周造)

森きわこ(もり・きわこ)◎フリーライター。東京都出身。人物取材、ドキュメンタリーを中心に各種メディアで執筆。13年間の専業主婦生活の後、コンサルティング会社などで働く。社会人2人の母。好きな言葉は、「やり直しのきく人生」