逆転の発想で「楽しい自然保護」

 2011年、小笠原諸島は世界自然遺産に登録された。宮川さんは、そのキーパーソンでもある。移住後、島や海の魅力を各地に伝える役割を担ったように、小笠原の空港建設問題についてもサーフポイントや自然を壊さない方向性を探り続けた。

 世界自然遺産の登録に欠かせない要素として、ひとつのエピソードがある。絶滅危惧(きぐ)種アカガシラカラスバトを守る『東平(ひがしだいら)アカガシラカラスバト・サンクチュアリー』(保護地区)設立だ。小笠原自然文化研究所(通称アイボ)の佐々木哲朗さん(42)に話を聞いた。

「私がアイボに入った’05年、アカガシラカラスバトのコアな繁殖地はノリさん(宮川さん)が代表を務めていた小笠原自然観察指導員連絡会が管理していました。野生化したノネコが海鳥やハトを襲って問題になっていて、ノネコを近づけないよう周りに柵を作ることになりました」

 しかし、問題は山積みだった。ノネコはもともと飼い猫で、自然保護と愛護の問題が絡み合う。確保して殺処分するべきなのか。国定公園内の木を切り柵を作ることは生態系の破壊につながらないのか─。環境省、林野庁、東京都、小笠原村、研究者、事業者、島民の意見をまとめるのは至難のワザだった。

「ノリさんはサンクチュアリーの管理もしていたから現場も知っていたし、土木の知識もありました。行政の担当者や事業者が何を目的として仕事をしているかを俯瞰(ふかん)してつながりを見ていた。第一印象はめちゃくちゃ怖かった。目的を忘れそうになると、このプロジェクトで何を大切にしているのか、それぞれの担当は何をするべきなのか厳しく問われるんです」

 宮川さんの哲学は明快だ。期日や費用に重点が置かれそうになれば、原点に必ず立ち返る。「生物の命、島民の生活、コストパフォーマンス」の優先順序に妥協はしない。

サンクチュアリーはガイドの同行が必要。看板は手作りで島民が関わっていることを示す
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 これまで、生態学者、行政、土木の事業者は日本各地で対立してきた。それぞれの立場で主張し合い、何か問題が起きるたびに作業も硬直する。

「ノリさんは存在感も圧があるし、強面(こわもて)の抵抗勢力かと思われがちですが(笑)、仕事を必ずやり遂げます。よりよいものを作るにはどうすればいいかを検討するために本気でぶつかるんです。ノリさんは研究者の意図を翻訳しポジティブな解決策に導いてくれる翻訳者でもあります。今は繁殖期だから工事を止めてくれ、納期は譲れないとなれば施工順序を提案してくれる。オカヤドカリの山と海岸との往来を遮りたくないといえば柵の構造のアイデアを出してくれる。捕獲したノネコを東京へ送り里親を探す活動の認知を広めるための施設『ねこ待合所』も、もっとみんなにアピールできるよう猫のデザインにしようとノリさんが提案し、施工してくれました」

 それぞれの価値観を認め、よりよい方法を探る。価値観が違っても、それぞれがやるべきことが見えてくると、すべてはポジティブに回りだす。宮川さんは全体のグランドデザインを提示する日本初の「保全工事アドバイザー」となり、父島の自然保護に重要な役割を担うようになっていった。

 自然保護は1度柵を作れば終わりではない。多くの人に興味を持ち続けてもらうことが必要だと宮川さんは語る。

「なんでも作りっぱなしはいけない。みんなとコミットメントして動かしていくことが大事なの。俺がやりたいのは“楽しい自然保護”。人が興味を持たない保全活動は長続きしない。エコツーリズムという形で自然保護の啓蒙活動、島民の経済活動を両立させることができれば、学者、行政、島民が一体となって自然を守ることができる。それを観光客が見守り続けてくれる」

石やサンゴを容器にいれて来訪者数をカウントするなど自然に親しむ仕組みも考案

 2000年、40羽まで減っていたアカガシラカラスバトの現在の推定数はおよそ400羽といわれている。

 絶滅危惧種を守るためには人を締め出すことを考えがちだが、あえてエコツーリズムを推進し、自然保護を啓蒙することで思いをつなげることが可能となった。世界自然遺産登録のためにIUCN(国際自然保護連合)の査察官が来たときも、環境省の担当者だけではなく、アイボの研究者や島民でガイドでもある宮川さんがそれぞれの持ち場の役割や思いを伝えた。佐々木さんは、「その土地の人たちがそれぞれの役割を果たしながら自然を守っているこの小笠原のスタイルも、2011年の世界自然遺産登録の大きな決め手になったと思います」と話してくれた。