DOZAN11にとって『平成』とは

DOZAN11 撮影/北村史成

 最後に、DOZAN11にとって『平成』とはどんな時代だったか、聞いてみた。

「僕にとっては......『ジャパニーズレゲエの確立』に青春を注いだ時代でしたね

 昭和が終わった時、道頓堀の光が自粛で全くなくなったのをよく覚えてます。街の大きいスクリーンで小渕さんの『平成』という文字を見て、平成1年にレゲエに出会って、ジャマイカの文化に出会って、平成6年末にアメリカで交通事故に遭って、その時期に友人が自殺して、阪神大震災やオウム事件もあった。

 悲劇ばかりだし、自分の身体もボロボロ。 歯も3本ないし、膝も割れてるし、足の裏は破けているし。遠回りしてる場合じゃない、一直線にいかなきゃいつ何があるかわからないなって強烈に思ったんですよ。平成前半はそんな想いで動いてました

 死ってこんなに簡単にくるんだなって。死ぬ前にやらなきゃやばいって、リアルに細胞感覚で火がつくというか

「一生一緒にいてくれや」あのフレーズの「一生」という言葉を噛みしめる。

 DOZAN11は不敵な笑みを浮かべて、こう言った。

僕なんか今から不老不死を目指しますけど。テクノロジーでね

PROFILE
どーざんいれぶん●1996年、“三木道三”としてジャマイカの日本人レーベル「JAP jam INTERNATIONAL」から『Japan一番』でデビュー。2000年、徳間ジャパン・コミュニケーションズから『斬る!ジャパニーズ』でメジャーデビュー。2001年に『Lifetime Respect』でジャパニーズレゲエ初のオリコン1位を獲得し、ミリオンセールスを記録する。名前を“DOZAN11”に改め、ユニバーサル・ミュージック・ジャパンより2014年11月、アルバム『Japan be Irie !! 』をリリースした。2018年に開発に携わった音楽自動作成PCソフト『PhotoMusic 2.0』を発表し、IT業界という意外なジャンルへの進出で話題を呼んでいる。現在スマホアプリ版を開発中。