初めて明かされた“真実”

 都内に住む友加被告の母親(80)に話を聞いた。

友加の夫は、根はまじめな人でした。子どもが多いから経済的に大変だったけれど、父親の自覚があって、寝る間を惜しんで働こうとしていました。裁判は、親子だから、長男よりも母親である友加に責任が行ってしまったのかなと思いました。

 私はいま孫を4人預かっていますが、年齢が年齢なのでもう限界です。孫の将来が心配です」

 事件では、子どもたちが知らない秘密が明るみに出た。

 大生受刑者だけは友加被告の連れ子で、Aさんと血のつながりがなかったことだ。ほかのきょうだいと分け隔てなく接してくれた“父親”に初めて手を上げ、命を奪ってしまった大生受刑者は、友加被告の裁判に証人として出廷したときに母親を睨みつけた。

「20年間も養子であることを隠していたことを恨んでいるという話を弁護士から聞きました」(友加被告)

 一方、母親である友加被告もまた家族のために必死だった。複雑な心境にある大生受刑者は、控訴審判決前、裁判長あてに手紙を出している。

《母を恨んでいたり、重い刑を受けるべきだとは全く思っておらず、それどころか、自分も含め、残された5人の子ども達や、今でも面倒を見てくれる祖母の為にも、少しでも早く皆の所に戻ってこれるよう、軽い刑になってくれることを望んでいます》

 友加被告の独白は約10時間におよんだ。言いたいことを話し終えると、急に口元を手で覆うようにして「夫に……」と言葉を振り絞った。

「ごめんなさいって言いたいです。夫もつらかったろうな、大変だったろうなって今になって思います。あのときはみんな頭に血がのぼっていたので。今の私にできるのは、毎日、骨壺の埃をはらい、お水を取り替えてお祈りするくらいですから……」

 一家は何を間違えたのだろう。妻と息子から暴行を加えられ、薄れゆく意識の中で、Aさんの脳裏に浮かんだのはどんな光景だったのか。