一族のキャリアは華々しい。東大卒は当たり前。地方都市の政治家一家とはいえ、中央の政・官・学界で存在感を示してきた。

石川哲久市議(木更津市ホームページより)
すべての写真を見る

「一族には首相経験者のブレーンで、マスコミ界の重鎮のゴルフ仲間もいる。政治家の地盤を引き継いだ哲久市議は市長選に2度落ちたため、3年前の昌氏の葬儀では“石川家の恥さらし”と罵られたみたいですよ」(地元記者)

 建設省では都市開発部局を渡り歩き、'95年の阪神・淡路大震災では住宅整備課長として復興支援に尽力したほか、大阪府に出向し建設都市部長を務めた。あとは市議として地元発展のため汗をかくのだろうと思っていた矢先、後継話が浮上したという。

「'17年暮れに地元の支援者約10人で集まったとき、哲久市議が祥一容疑者を連れてきて“後継者です”と紹介しました。容疑者も名刺を配っていましたから、哲久さんは市議を1期で引退するものと思っていた」(地元の支援者)

 哲久さんにとって、祥一氏は後妻の連れ子と結婚した婿養子。石川姓だが血のつながりはない。石川家の内部事情に詳しい女性が耳打ちする。

「哲久さんは離婚した前妻との間に息子さんが2人いますが、大阪赴任時に現在の奥さまと再婚されたんです。10歳以上若く、しっかりされていて、選挙カーに乗り込んで堂々と応援演説するなど迫力ある女性です。その連れ子だった娘さんと結婚したのが祥一さん。おとなしくて政治家なんて務まりそうにないタイプに見えましたね」

政治家修行は4か月

 祥一容疑者は岡山県で生まれ、東京の私立大を卒業後、大手の住宅会社に勤務していた。そのときに知り合ったのが哲久市議の義理の娘だった。婿入りするかたちで約3年前、JR木更津駅に近いマンションに引っ越してきた。

「小学校に入るか入らないかという年ごろの男の子が1人います。奥さんは30歳前後かな。ただ、旦那さんは1年ほど前から顔を見なくなりました」(近所の主婦)

 祥一容疑者は大手住宅会社を中途退職後、'17年9月から千葉県選出の国会議員の秘書として働いた。哲久市議の指示とみられる。

「ええ、哲久市議の後援者からの紹介で入っています。いずれは県議や市議を目指したいと言っていました。2年前の年末までは毎日、熱心にまじめに勤務していましたが、年が明けると体調を崩して休みがちになって昨年4月末付で辞めております。岡山のお母さまから電話があって“身体を壊したので辞めさせてください”ということでしたので」(国会議員の事務所)

 つまり、政治家修業をしたのは実質4か月だけ。