「お子さんは自閉症ですね」

 立石さんは幼児教育のプロだ。幼児向け教材を作り、課外教室で読み書きなどを長年教えてきた。

 38歳で産んだのが、ひとり息子の勇太君だ。何度か出会いがある中で、大らかな人柄に惹かれた当時のパートナーと2年間、不妊治療を重ね10回目の人工授精で授かった待望の子どもだった。だが、気持ちのすれ違いもあり、結局、ひとりで育てることになった。

 出産後は文字どおり持てる力のすべてを注いで英才教育をした。生後3か月からは毎日、90分かけて絵本を30冊読み聞かせ、漢字カードや算数の教材まで見せた。

診断前は、漢字や絵本の読み聞かせに力を入れていた
診断前は、漢字や絵本の読み聞かせに力を入れていた
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 最初に「何かおかしい」と感じたのは、勇太君が生後8か月のころだ。

「目の前に人の顔が近づいてきても、息子は無視するんですよ。人見知りが始まるころだから、普通は嫌がるか喜ぶかどちらかなのに。私が歯科医院で治療している間、受付の人に抱っこされても親を追って泣くこともない。だから楽は楽でしたけど……」

 一方で、国旗や時刻表、数字に強い興味を持ち、複雑なパズルを瞬時に完成させたりしていたので、あまり深刻に受け止めなかった。

 2歳3か月で保育園に入園。健常児の中にまざると、「明らかに変だ」と感じた。

「言葉はまったく出ないし、誰とも遊ばないし。仕事中も気になって保育園のライブカメラを覗くと、ずっと玄関にうずくまっている息子の姿が見えて。絶望的な気持ちになりました。どうしても周りの子たちと比べちゃって、何で自分の子だけできないんだろうって……。毎日、迎えに行くのがつらくて嫌でしたね」

 自閉症の診断を受けたのは、入園の1か月後だ。

 勇太君は卵、牛乳への重い食物アレルギーがあり、アナフィラキシーショックを起こしたこともある。アトピー性皮膚炎で湿疹もひどく、乳児のころから国立成育医療研究センターのアレルギー科に通っていた。

 診察後の雑談で、保育園での様子を話すと、主治医はその場でこころの診療部に予約を入れた。

「お子さんは自閉症ですね」

 こころの診療部の医師は勇太君を診て1分もしないうちに断言した。

 立石さんは診察室を出て、泣きながら看護師に苛立ちをぶつけた。

「この子をちっとも可愛いと思えない。食物アレルギーで大変なのに、なんで自閉症! こんな子じゃなかったらよかった!」

 診断に納得がいかず、あちこちの病院を巡った。耳が聞こえないから話せないのではないかと2か所の耳鼻科で検査したが、異常はなかった。児童精神科医は少なく、初診はどこも数か月待ちだが、3つの病院で診てもらった。

 だが、自閉症という診断が覆ることはなかった。