生放送後、吉永さんはこうつぶやいた。

「コンビニ問題は、家の近くでコンビニを昨秋オープンしたオヤジさんの顔がどんどん暗くなって、店もオヤジさんもヤバいんじゃないかと心配になっていろいろと愚痴を聞いているのと、自分のコラムでもこの問題を取り上げたので裁判記録など調べて詳しくなっていたの」

 吉永さんは自分の中で消化しきれていないことに関して、背伸びして発言することだけはしないと決めているという。

「私には何ひとつ専門性はないんですよ。だから生活者の目線で問題に穴をあける立場に徹することにしたんです」

放送終了後、3月に誕生日を迎えて69歳になった吉永さんに番組スタッフ一同からサプライズで花束が贈られた
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ふと“死”がよぎった経験

 ジャーナリストで日本BS放送取締役の二木啓孝さん(69)は、吉永さんのことを「人間好き」「偉大なる普通の人」と表現する。

「人と会って話を聞いたり、観察することが好きで、気の合わない人や全然、立場が違う人とでも結局仲よくなっちゃう。

 故・宮澤喜一首相が、もし民間から女性の大臣を選ぶなら吉永みち子だと言ったことがある。彼女はそれなりの知識があったんだけど、政府の税制調査会で学者や政府の財政に詳しい連中に交じって、普通の主婦の立場から、これおかしいでしょ? というようなことを平気で言ってたから(笑)

 コメンテーターを長くやっているのも結局、普通の人はこう考えるんじゃない? という視点がブレないからじゃないかな」

 しかし、そんな吉永さんも殺人や自殺、虐待、いじめなど個の事情が絡む案件については、そこに至るまでの人間の心情を推し量ることが難しく、コメントしづらいという。

「例えば過労自殺について。生きていること以上のものはないんだから、死ぬ気になれば何でもできるのに、なんで会社を辞めなかったのかと言ってしまいがちなんだけど……」

 吉永さん自身、過労の末にふと死がよぎった経験がある。経営していた飲食店の切り盛りを睡眠時間を削ってやっていたときのことだ。

「ある日、トイレで立ち上がれなくなっちゃって、なんか嫌だなと思ったら、そうか死んじゃえば楽になるんだと一瞬、思ったの。弱ってくるとそういうことが冷静に考えられなくなっちゃうのね」

 ノンフィクション作家の自分がかつて番組で取り上げた過労死問題を思い出し、自らもその立場に置かれていた現実に、ハッとした。

「なんだ、なんだ、こんなことを考えるのか! と思ったら、“死のうと思うくらいなら辞めたらよかったのに”という発言が、いかに表層的でその人の身になっていなかったかということを知ったのね。

 物事を見るときは、ひとつの方向だけでなく、多面的に見ていかないといけないなって。それはコメントするうえだけでなく、生きていくうえですごく大事なことだと思っています