実家はバブルの崩壊の煽りを受け数千万円もの大きな借金を抱えていた。借金返済を助けるため野口さんは手にした給料をすべて実家に入れていたという。

「学校でいじめられ続けてたせいか、社会に出たとき、こんな私なんかに仕事を教えてくれたり、優しくしてくれることに感動しちゃって。我慢することにも慣れていたから、お給料を実家に入れることは苦にならなかったの」

門前払いでも折れない強い心

 ホステスの仕事は意外にも天職だった。もともと、リカちゃんのように可愛く、おしゃれをして生活したいと思っていた。ホステスは着飾ることが仕事の一部だ。

今もリカちゃん人形への憧れから、毎朝着る服を選ぶときは「今日は宝塚」などテーマを決め何者かになりきるように気持ちを高める 撮影/坂本利幸
【写真】野口さんがヒットさせた“高崎だるま”のスタンド花ほか

「いじめられ慣れてるでしょ? それがいいキャラに変換できて、なんでもできちゃうの。アイスペールにシャンパンを入れてガーッと飲んだり、いじられ役をやったり。だからパフォーマーとして活躍できたわけ。もう、あのころのいじめっ子ありがとう! って思ったわ(笑)」

 ホステス時代にも靴を隠されるなどのいじめにあった。しかし、いじめをするホステスにも自ら近づいていった。

「誰かが聞いてあげなかったら、この人は爆発しちゃうだろうなって思ってたから、よく話を聞いていたの。それを深掘りして聞き直したりしていくと、すごく仲よくしてくれるの。それで“実はさ……”って始まるのよ、自分のつらい話が。100人中100人そうだった」

 後に実践する“嫌な人撲滅運動”はホステス時代から始まっていたのだ。

 野口さんは日常の小さなことでも「なぜ?」と考えるクセがある。「なぜ自分はあの店に行かなくなったのだろう」「なぜ、あの人はこんなことをするのだろう」と理由を探すのだ。野口さんの斬新な発想の多くは、こうした素朴な疑問に基づいている。

 路面店をたたみネット販売を始めたのも「なぜ、こんなもったいない売り方をするんだろう」という疑問からだ。

「お客さんが10人来たら、要望を聞いて10個ちがう花束を作らなくちゃいけないでしょ?」と野口さんは言う。

 例えばチューリップが1本欲しいというお客様のために、30本や50本と大量に仕入れなければいけない。その多くが廃棄になる可能性がある。

「でも配達専門の花屋にすれば、数パターンの花束を作っておいて完成品を売れば、新鮮なお花を無駄なく同じ花束で提供できる。こんな効率のいい話はないでしょ?」

 しかし客を「待つ」スタイルをやめるからには、法人向けにも積極的に花を売らなければならない。野口さんは自ら「花屋の営業マン」になろうと、とにかく飛び込み営業をした。

 道を歩いていてレストランやエステサロンなどがあるとすかさず「この受付にお花置きませんか?」と入っていく。もちろん、たいていは門前払いだった。

 しかし、いじめと接客で鍛えられた心は簡単には折れない。何千軒と飛び込み営業に行くうちに「花って高いね」「どういうときにお花を使えばいいの?」など同じような質問が多いことに気づく。花を必要とするシチュエーションがわからないのだ。

「私たち花屋は、常に新しい商品、新しいデザインを創造しないといけないと思い込んでるんです。でも一般のお客様はもっと根本的なところにいて、お花の使い方がわからない。だから、私たちが戦う場所はそこじゃないはずなんです」