借金のある髭ぼうぼうの男性

 警察訓練は早朝から始まる。前夜、木などに匂いを点々とつけておき、夜明けとともに捜索開始。朝は空気が澄んでいて、の直感が鋭いため探しやすいからだ。

 1、2時間で戻ると、一般家庭の客から預かっている舎から出す。「飼いにかみつかれた」「ひどく吠えられた」など、手に負えなくなった飼い主から依頼されたたちだ。「伏せ」「待て」「来い」など服従訓練をしていく。

 9時から昼をはさんでしばらく休憩。夕方、再びたちを舎から出してトイレをさせる。就寝は夜8時だ。

「おじいちゃん、おばあちゃんと同じような生活サイクルですよね。だから、出会いもない(笑)」

 ところが、意外なところに出会いがあった。

 千葉から長崎に帰省中のこと。公園を通りがかると、1度ナンパをされて無視したことのある男性が、今にも死にそうな顔でベンチに座り込んでいる。松尾さんは思わずジュースを渡して話しかけた。

 男性は自営業の仕事をしていたが、友人の借金を肩代わりさせられて多額の借金があると言う。松尾さんと話すうちに男性は元気を取り戻し、もう1度、やり直してみたいと言いだした。

 これが、7歳上の夫との馴れ初めだ。

「両親に紹介したらビックリして、お母さんなんかバターンって倒れましたもの(笑)。でも私、弱っている人を見たら、見捨てられないんです」

 21歳で結婚。松尾さんは結婚後も千葉の訓練所に通って学び、動物看護士、日本警察協会公認訓練士など、資格を次々と取得した。

 21歳で長女を、25歳で次女を出産。母のヨシエさんは仕事を辞め、娘が留守にするときは泊まり込んで、孫たちの面倒を見た。

やっぱり晴美は変わり者ですよね(笑)。髭ぼうぼうのワイルドな男で、あえて借金のある人を好きになったんですから、ビックリしましたよ。

 だけども、生まれてきた孫は2人とも、すごく可愛かったんですよ。それに晴美が病気をしたとき、“健康に産んであげられなくてすまないね”と私の責任みたいに感じましたから。そんな娘が一人前に結婚して、子どもも生まれて。私を必要とするなら、何でもやってあげようと」

 結婚後、夫は溶接の仕事をして借金を返し、数年後には家も建てた。松尾さんは自宅で警察を育てながら、家庭の出張訓練をして、千葉への旅費を稼いだ。

 そして、32歳のとき、夫が仕事をするために建てた作業場の半分を使い、自分の訓練所を作った。