警備犬を育てるのも松尾さんの仕事のひとつ。海上自衛隊が所有する弾薬庫を守るための警備犬を育て、100人以上の隊員らが自分で警備犬を訓練できるように何年も通いながら指導を行ったことも 撮影/渡邉智裕
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「今度はお母さんが幸せになって」

 2013年には、日本警察犬協会より、警察犬を多数育てた実績が認められ、訓練実績最高位賞を受賞。全国トップに輝く。

 松尾さんと警察犬が手柄を立てると、地元の新聞などで大きく紹介された。人気バラエティー番組の『世界一受けたい授業』や『ヒルナンデス!』などテレビにも多数出演。メディアで取り上げられると「松尾さんのような訓練士になりたい」という問い合わせが全国から相次いだ。

 2015年からは松尾さんが育てた爆発物探知犬5頭が成田空港に配備されて活躍している。2020年の東京五輪開催を見据えて警備を強化したいという要望に応え、火薬の匂いを嗅ぎ分ける訓練などをした。

 ほかにも、他県の警察から警察犬の指導を頼まれたり、自衛隊や企業などから警備犬の訓練を依頼されたり。多忙を極めていた昨年9月、松尾さんは訓練所を閉めた。

 10年も続けたのにもったいない気がするが、最初から「下の娘が高校を卒業したら訓練所をたたもう」と決めていたのだという。

「あそこの家はお父さんがいないから……という目で見られたくなかったし、子どもを自立させるまではと無我夢中で駆け抜けてきたんです。

 それに、これからはもっと時間を作って親孝行がしたい。父はもう亡くなっていますが、母に恩返しをしたいんです。愛情たっぷりに育ててもらったし、特に私が主人を亡くしてからは、母は私のために自分の人生を棒に振ったんじゃないかと思うくらい、支えてもらいましたから」

 訓練所を閉鎖する少し前に、松尾さんは実業家の男性と再婚。夫の暮らす神奈川県に転居した。

 実は、再婚を後押ししたのは娘たちだ。

「お母さん、もういいよ。今度はお母さんが幸せになって」

 そう長女にすすめられて会ったのが、今の夫だ。

 松尾さんが注目を浴びることについて、夫は何も言わず、普通に接してくれたのが、心地よかったそうだ。

 現在は神奈川、東京、長崎を中心に、家庭犬を集団で教える犬の保育園や個別に教える出張訓練を、弟子の家村さんとともに行っている。

 きちんと訓練されていない犬が多く、手に負えなくなって保健所に持ち込む人が後を絶たない現状に、心を痛めているからだ。

「海外では犬の訓練は当たり前です。でも、日本人はしつけをするのは、かわいそうだとか言う。だから、飼い主をかんだり、吠え続けたりするバカな犬が多いんです。

 グレースも最初は本当にダメな犬だったんです。生後4か月で引き取ったときは朝から晩までずーっと吠えていて、警察犬にすると言ったら、笑われましたから。それが、きちんと愛情をかけて訓練したら、長崎で出動回数1位になったんですよ。しつけがいかに大切か、みなさんに知ってほしいです